ロバート・F・ヤング『宰相の二番目の娘』

11月3日(月)晴れ後曇り

 11月2日、ロバート・F・ヤング『宰相の二番目の娘』(創元SF文庫)を読み終える。

 自動マネキン社の新入社員マーク・ビリングズは9世紀に飛んで本物のシェヘラザードを連れ帰るという任務を与えられる。過去にタイムトラベルして歴史上の重要人物を拉致し、現代へ連れ帰って、そっくりのロボットを製作した後、本物は過去に返す、そして歴史を再現しているロボットを展示、さらにはテレビ中継するというのがこの会社の事業内容である。(『アラビアン・ナイト』の語り手であるシェヘラザードは架空の人物であり、それが歴史的に実在した人物に想定されているということで、物語は既に虚構の世界に入り込んでいる。)

 首尾よくスルタンの後宮に忍び込み、シェヘラザードを確保したつもりが…連れ出したのはその15歳の妹(=宰相の二番目の娘)ドニヤザードのほうだった。妃に裏切られたスルタンは、世の中の女性に恨みを抱き、国中の未婚の女性を次々に召し出しては一夜を過ごした後処刑していた。宰相の娘シェヘラザードは妹のドニヤザードを連れて後宮に入り、夜伽の場でドニヤザードがシェヘラザードに物語をせがむ。そこでシェヘラザードが物語をすると、それが面白いので、スルタンは処刑を延期する。そうして一千一夜を過ごしたところで、シェヘラザードはスルタンの子どもを3人も儲けていることを告白し、スルタンは彼女への愛に目覚めて、前非を悔いる。そして同じように妃に裏切られて1人で暮らしていた弟に、ドニヤザードを嫁がせる。という枠物語としてのアラビアン・ナイトの枠は読者が承知しているという前提で、省かれている。自由とロマンスを求めている若いドニヤザードは、誘拐されたことをむしろ楽しむ様子である。

 ところが、時間を移動するためのタイムスレッドを作動させようとしたとき、ハーレムでの騒動で足首をねん挫していたビリングズは操作を誤り、2人は全く未知の世界にたどりついてしまった。そこではルフ(ロック)鳥が飛び回り、魔神(ジン)、食屍鬼(グール)たちが跳梁し、「真鍮の都」の塔が見える。2人が逃げ込んだ洞窟は盗賊たちの隠れ家であり、彼らにさらわれたアリ・ババという名の少年に出会う。アラビアン・ナイトの世界そのものである。事態がなかなかの見込めないなりに、科学技術を駆使して事態を突破しようとする21世紀人のビリングズと、見るもの聞くものすべてをあるがままに受け入れ、何が起ころうとむやみにおびえたりはせずに、時には魔法の力に頼ろうとするドニヤザード。2人は様々な難局に直面するが、ドニヤザードが解決する問題のほうが多いようにも思われる。彼女の言動にハラハラしながらも、次第にその魅力に気づき、惹かれはじめるビリングズであるが、彼女は自分と同じくらいの年齢のアリ・ババに気があるようにも思われる。ビリングズは21世紀に帰りつけるのか、ドニヤザードは姉の物語の完成を再び手伝えるのか、そしてアリ・ババは…。

 数多くあるアラビアン・ナイトの翻訳のうち、あまりよく知られていないレイン版を使っているというヤングの物語への傾倒はなまなかなものではない。それゆえ、この物語を読みながら、言及されているアラビアン・ナイトの中の説話の内容を思い出しているだけでも楽しい。アラビアン・ナイトの世界に浸りきっているかと思うと、SFとしての仕掛けが凝らされていたりして、小説としての技巧もなかなかのものである。大人のためのおとぎ話としてはよくできていると評価すべきであろう。

 解説の中の「真鍮の都」についての説明を借りると、昔々、シリアのダマスクのカリフが、ダーウードの子スレイマーン(ダヴィデの子ソロモン)が魔神を封じ込めたツボを見たいと言い出した。その名を受けた太守が、遠くエジプトまで旅をして、首尾よくこの壺を見つけ出したうえに、今は存在すら忘れられている伝説の都の話を聞き及び、それを探し出して帰国するという話である。シェヘラザードを9世紀の存在とすると、ダヴィデやソロモンは紀元前10世紀ごろの人物と考えられるから、その間の時間の隔たりは相当に大きい。時空を自由に飛び回る物語の想像力について改めて考えさせられる。

 レバノンの国民的な歌手であるファイルーズがデビューにあたって、ファイルーズ(琥珀)と名乗るか、シェヘラザードと名乗るか迷ったという話を聞いたことがある。クリスチャンである彼女が、基本的にイスラームの物語であるアラビアン・ナイトの語り手の名を芸名に選ぼうと考えたところに、物語の宗教的な枠組みを超えた魅力を認めてよいのであろう。その妹の存在に目をつけて、魅力的なヒロインとしてドニヤザードを描きだした作者の遊び心を大いに評価すべきである。
 
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