ダンテ・アリギエリ『神曲 地獄篇』(12)

10月20日(月)曇り、京都に出かける。京都では小雨が降っていた。


 ウェルギリウスに導かれて、ダンテは地獄の第7圏を目指す。ここでは暴力の罪を犯した人々の例がその罰を受けている。第7圏に至るには崖を下っていかなければならない。

崖を降りるべく私達がやって来た
その場所は険しく、また、そこにいた者のために
誰もが目をそむけたであろう光景を呈していた。
(178ページ)

その光景とはがけ崩れである。それはアルプスの東側の山岳地帯で、ダンテがかつて見たがけ崩れの様子を思い出させるものであった。しかも、かろうじて通じている細い道を古代ギリシア神話に登場するクレタ島の怪獣ミノタウロスが阻んでいた。しかしこの怪獣は、ウェルギリウスの一喝によって道を開ける。

 このがけ崩れがなぜ起きたのか、ダンテは考えずにはいられない。すると、ウェルギリウスが次のように説明する。キリストは受難後、地獄の最上層のリンボから、キリスト以前の聖者たちを魔王から奪いだし他のだが、その際に地獄のがけが崩れたのだという。

だが谷底へと目をしっかり向けよ。というのも
暴力によって他人を害した者どもが
煮られている血の川が近づいてきたからだ
(182ページ)と、ウェルギリウスは、ダンテの注意を別のことに向けさせようとする。地獄の第7圏の第1小圏では暴君、殺人者、強盗の霊がその罰を受けている。

おお、盲目なる貪欲と狂乱せる怒りよ
人の短き命の中でわれらをかくも激しく拍車で追い立て、
続く永遠の中でわれらをかくも残酷な水責めに処するとは。
(同上) ダンテの目には罪人たちの霊が苦しむさまが見えてくる。そして、罪人たちを見張っているのは、これも古代ギリシア神話に登場する半人半馬のケンタウロスたちである。「ミノタウロスが<狂える獣性>を示し、第7圏全体の守護者であるのに対し、ケンタウロスは他人に暴力を振るったものである僭主や殺戮者を収める小圏の守護者。なぜなら、ケンタウロス達は戦闘と略奪を愛していたため。〔彼らは〕特に君主たちの使っていた傭兵を表している」(183ページ)と翻訳者である原さんは注記している。

 2人が崖を下って来るのに気付いたケンタウロスの中の1頭が2人が何者であるかを問う。これに対してウェルギリウスはギリシア神話の英雄アキレウスの師として、戦闘と医学と音楽を教えたケイローンが2人が何者であるかを判断できるであろうと答える。ケイローンはダンテが生きた人間であることを察知し、ウェルギリウスはさらにダンテの道行の意義を説明し、援助を求める。そこでケイローンはケンタウロスの中からナッソスを選んで、2人を導いていくように命じる。

今や私達は信頼のおける護衛に連れられ
鮮紅色の沸騰が洗う岸辺に沿って進んだ。
そこでは煮られている者どもが高い悲鳴をあげていた。
(187) 苦しんでいるのは暴君たちであった。歴史に名を残してきた国王や領主、僭主たちの姿をダンテは目撃する。さらに別の場所では盗賊たちが罰を受けていた。
 
 血の川が浅くなったところで、ナッソスは2人に川を渡らせ、
言い終わると来たほうに身を翻し、再び浅瀬を越えていった。
(191ページ)

 「平和を希求するダンテは、当時の世界を血なまぐさいものにした暴君や盗賊への怒りを、最終部で彼らの名前だけを淡々と並べる冷淡な描写により軽蔑とともに表現している。これは次の歌での劇的な出会いを準備する働きも担っている」(549ページ)と翻訳者は解説している。異教古代の存在であるケンタウロスたちと会話を交わすのが、ウェルギリウスだけであることに翻訳者が注意を喚起している点も見逃せない。異教の世界よりも、キリスト教の世界を優位に置くのがダンテの思想であり、古代の文芸に敬意を払いながらも、その復興を望んでいないところに、「中世最後の人」と呼ばれる所以があるのである。
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