ぶどうのなみだ

10月17日(金)晴れ

 109シネマズMM横浜で『ぶどうのなみだ』を見る。三島有紀子監督が『しあわせのパン』に続いて脚本を書き、演出した作品で、前作同様、大泉洋が主演している。北海道を舞台にしていることも前作との共通点と考えてもよいのかもしれないが、今回の舞台は空知地方であり、北海道といっても広いので、果たしてその点での共通性をどこまで強調してよいのかはわからない。それでも、隣に住む人たちとの距離の遠さ、それゆえにかえって強くなる人間関係の絆といったものが前面に出ている点が三島監督作品の特色と言えそうである。

 今は亡き父親が、炭鉱の閉山後に始めたらしい農場を引き継いで、兄のアオはブドウ畑を育ててワインづくりを続け、弟のロクは父親の切り開いた小麦畑を引き続き耕している。丘の上に、父親が植えたたった1本のブドウの木があって、兄弟の仕事ぶりを見守っているようである。

 兄のアオは父親のもとを飛び出して、音楽に志した時期があり、一時は心身の指揮者として脚光を浴びたのだが、突発性の難聴に見舞われ、音楽をあきらめて父親が新で弟が1人で暮らしていた農場に戻ってきたのである。一回りも年が違う弟のロクは兄の家出を必死で止めようとした。アオは「黒いダイヤ」といわれるブドウの品種ピノ・ノワールによるワインづくりに情熱を傾けているが、なかなか思うようなワインを作ることができない。ロクは、青と表面上波風を立てずに暮らしているが、食事の際にワインを飲まず、牛乳を飲んでいる。

 ある日、突然、キャンピング・カーに乗った女性エリカが現れ、兄弟の耕す土地の隣で穴を掘り始める。人を引き付ける不思議な魅力を持った彼女は土地の人々と仲よくなり、はじめは警戒していた兄弟とも仲良くなっていく。彼女は穴を掘ってアンモナイトの化石を探しているのである。その彼女にも英国人の母と生き別れになった過去がある。

 「ぶどうのなみだ」は冬の間雪の中に埋もれて、その分水分をいっぱいに吸収したブドウの木が春になって滴らせる水分のことだそうである。アオもロクもエリカも自然の冬よりも長い人生の冬を過ごしてきたのかもしれず、その中でため込んだ涙は普通以上の量であるかもしれない。そしてその涙が、何か別の形になって豊かな実りをもたらすかもしれない。

 心温まるエピソードをつなぐ形で構成されていた『しあわせのパン』に比べると、この映画は登場人物の現在と過去をつないでストーリーを作り上げている。北海道の風土がそうさせているのかもしれないが、兄弟の食事はパン食であり、エリカがブドウを育てるために組織する楽隊の姿など、ベルイマンかフェリーニを思い出させるほどにバタ臭い。「人はパンだけで生きるものではない」というセリフが出てくるだけでなく、パンと葡萄酒の人生における意義が強調されているにもかかわらず、キリスト教的なメッセージは全く出てこない。そのことがかえってこの作品の世界を人工的なものにしている。

 北海道を舞台にした映画を、佐藤泰志作品の映画化である『海炭市叙景』、『そこのみにて光輝く』のように地方の特色を描き出しているものの、日本の他の土地にもみられるような問題を追及する作品と、北海道を仮想の外国に見立てた無国籍的な映画とに分けるのは乱暴な分類ではあろうが、この作品には『しあわせのパン』に比べて無国籍的な傾向が強く感じられる。北海道がいろいろな映画の舞台となりうる可能性を持つ広い土地だということが言えるのだろうが、その特殊性を強調しすぎないほうがわかりやすい映画になるのではないだろうか。三島監督の次回作がどのような土地のどのような物語を映像化するのかを注目することにしよう。
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