ここに泉あり

10月6日(月)台風18号の通過で午前中は激しい雨、午後になって台風一過の晴れ間が広がる

 2か月に1回、病院に出かける日なのだが、選りにも選ってその日に台風が上陸してきた。それでも大雨のなか、病院で診察を受け、会計を待つ間、テレビを見ていたら、強風のため東急目黒線・東横線は運転を取りやめているという。横浜に帰れないではないか!本日は神保町シアターで今井正監督の1955年作品『ここに泉あり』を見る予定であったのだが、いよいよその決心を固めて、神保町に向かう。都営地下鉄三田線は目黒折り返し運転をしているので、目黒で時間をつぶすということも考えられるが、神保町に出た方が選択が多様になるだろうと考えたのである。神保町の駅で降りたころには雨はやんでいて、日が差し始めていた。ランチョンで昼食、その後神保町シアターで入場券を買う。まだ開映までかなり時間があったのだが、朝の大雨の中を歩いた疲れのために、映画館のロビーでぼんやりして時間を過ごす。折角、書店街に出かけてきたのにもったいないが、ぼんやりと時間を過ごすという贅沢もたまにはいいだろう。(映画館の中でラジオの「入門ビジネス英語」の時間を聴いた。)

 『ここに泉あり』は神保町シアターの『生誕100年記念 宇野重吉と民藝の名優たち』の特集上映の一部で、戦後間もない時期に高崎市で結成された市民オーケストラの苦闘を実話をもとに描いた作品である。地方に音楽文化を根付かせようとアマチュアからプロへの転進を目指し、オーケストラのメンバーを集める井田亀夫(小林桂樹)の口車に乗せられて、東京からヴァイオリン演奏者の速水明(岡田英次)がやってくる。楽団員の水準の低さにあきれ返る速水であったが、楽団と行動を共にしているピアニストの佐川かの子(岸恵子)の才能(と美しさ)に引き寄せられて、次第にオーケストラの活動に情熱を傾け始める。(当ブログでは基本的に映画の結末までは書かないことにしているけれども、この映画は古い作品であり、最後の方まで物語を辿らないと論評できない部分があるので、かなり終りの方まで物語を追っていることをご了承願いたい。)

 地方で活動していては、刺激も少ないし、練習の条件も厳しい。自分の才能は伸ばせない。そういう悩みを抱えながらも、彼らは何とかオーケストラを発展させていこうとする。学校や施設をめぐって演奏会を開き、音楽の普及に努めるが経営は苦しい。中央の音楽家を招いて合同演奏会を開くが、かえって団員の自信を失わせる結果になってしまう。

 ストーリーは全く違うのだが、音楽活動における中央と地方の対立の問題を描いているという点で、旧ソ連の音楽映画『シベリア物語』を思い出してしまった。それぞれの地方に根差した音楽創造の可能性があるはずだと主張する点で、両作品は同じことを言おうとしているようであるが、『シベリア物語』が個人的なレヴェルで問題を描いているのに対し、こちらの方がオーケストラという集団のレヴェルで問題を解決しようとしているのは、注目してよい点ではないか。ロシアの豊かな音楽の伝統は我々にとって羨んでも手に入らないものであるが、戦後70年足らずの間に、日本の音楽界が演奏についても音楽の理解についてもロシアとの差を急速に縮めていることも実感してよいのである。

 相次ぐ困難に団員の気持ちがすっかり滅入ってしまい、楽団がいったん解散を決めて、最後の演奏に出かけた山奥の小学校での子どもたちの交流を通して、再起の決意を固め・・・というストーリーにそれほど劇的な展開はないし、本来的に言えば、そこからの再起の過程こそが映画の中で詳しく描かれるべきであると思われるのだけれども、そこが省略されてしまっている点に不満が残る。とはいうものの群馬県の各地を走り回り、炭焼きや樵の人々と交流する中で、次第に演目が変化していく(八木節や草津よいとこを演奏したり、「赤とんぼ」を演奏して子どもたちに歌わせたりするようになる)だけでなく、本当に1から音楽について説明し、理解を求めていくという姿勢が生まれていく過程が描きだされているので、その変化を読み取ることでより深い感動が生まれる。(ただ、この映画に描かれていたような山村の暮らしが今や姿を消してしまっていることも考えてよいことであろうと思う。)

 東京のオーケストラのマネージャーをしている河辺(十朱久雄)が、地方での活動を見下していて、井田に会っても相手にしない態度をとっていたのが、最後の方でオーケストラの実力を認めて自分の方から協力を申し出る。それに対して、井田がもう一つ自信が持てない様子であるというのが現実感がある。このやり取りでまだ若かった小林桂樹と十朱久雄の持ち味が出ていて、見ごたえがあった。また、音楽界から山田耕筰と室井摩耶子が本人の役で特別出演しているのが興味深い。

 最初のほうの場面では高崎線がまだ電化されておらず、蒸気機関車がひっぱる列車に鈴なりの乗客という情景が描かれ、その数年後になると電化されて、当時の特別2等車の車内風景が映し出されるという風に時代の変化を的確にとらえた描写がみられ、懐かしい気分にさせられる。実はこの映画が公開された前後、群馬県には何度か出かけているし、1956年に高崎駅を利用しているはずなのであるが、その時の駅の様子がどうであったのか、記憶がないのが情けないところである。
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