日記抄(9月24日~30日)

9月30日(火)晴れ

 9月24日から本日にかけて経験したこと、考えたことから:
9月24日
 テレビ朝日の「マツコ&有吉の怒り新党」で、最近の新しい歌が覚えられなくなったという投書が取り上げられていた。新しい流行にだんだんと興味がなくなっていくのは、老化現象の1種であり、まあ仕方がないことではある。番組の中で、有吉だったか、どちらかの出演者が、ちあきなおみさんの決定版CDなんて言うのが出ると、買ってしまうと発言していて、私も買ったことを思い出した。いずれ高い値がつくのではないかなどとあさましいことを考えていたのだが、そうはならなかった。何度も何度も同じようなCDが発売されたことも影響しているようである。江利チエミさんのCDの方が高く売れたし、それ以上にエノケンのCDが高く売れたのにびっくりした。逆にキャンディーズはただ同然であった。インドネシアのクロンチョン音楽にひところ凝って、ヘティ・クース・エンダンのCDを相当数買ってまだ持っているのだが、こういうのは人によって評価がかなり違ってくるのだろうと思う。

9月25日
 NHKカルチャーラジオ『文学の世界』『生誕450年 シェークスピアと名優たち』の放送が終わる。シェークスピアの作品が非常に雑多なものを含み込んでいて、演じられる時代や場所の条件を考えた様々な解釈が可能だということがその人気の理由の一つだというのはよく分かる。では、同じ時代のスペインの黄金時代の演劇と比較して、どうだったのかということもちょっと言及してほしかったというのは、欲張りすぎだろうか。

9月26日
 この日、NHKまいにちドイツ語、フランス語、イタリア語のそれぞれの応用編の番組の区切りがつく。特に保阪良子先生の『言うが花のドイツ語 Wer spricht, gewinnt』が大いに勉強になった。先生(といっても、こちらより年少だろうが)の写真で見る容姿が、大学院に入ったころにフランス語を習ったO先生を思い出させ、語学の先生には共通するタイプなのかなぁなどと、関係のないことばかりを考えているのである。

9月27日
 木曽の御嶽山の噴火で多数の登山者が被害に遭われているというニュースが飛び込んできた。私が京都で下宿していたころ、近くに御嶽教の建物があったことを思い出す。御嶽山は信仰の山でもあるのである。神意は測りがたいものであるとはいうものの、噴火に遭遇された方々の無事と一刻も早い救出を祈るものである。
 報道によると、英語教育の改善策について検討している文部科学省の有識者会議が小学5年生から英語を正式な教科として教えることを盛り込んだ報告書をまとめたということである。私は小学校4年生の時から英語を勉強しているが、英語を自由に操ることはできない。そのためかどうかは知らないが、私が小学校から英語を勉強してきているという話を信じる人はあまりいない。
 今回の報告書は「アジアトップクラスの英語力の育成」を目指すなど、日本人の英語力と英語教育の現状を踏まえた提言が目立つ(つまり、現状においては、日本人の英語は「アジアトップクラス」ではないということである。そのトップクラスではない英語力でアジア規模の国際会議に出ていた私としては大いに内心忸怩たるものがある)。それだけに今後の英語教育をめぐる施策の展開が注目されるし、できる限りで協力を惜しまないつもりではある。
 とはいうものの、小学校で英語を勉強し始めるということについて、あまりその効果を期待しすぎない方がよい。子どもが将来、どの程度英語を必要とするかはそれぞれの子どもの進路によって違ってくる。子どもたちがすべて国連の同時通訳にあるわけはないのである。初等教育、特に日本の小学校教育は、子どもたちに平等に均質の知識を与え、技能を育て、理解を培うことを心掛けてきた。そういう意味では、英語は小学校教育に必ずしもふさわしい教科ではない。小学校5年から英語を始めるよりも、小学校を1年か縮めて、中学校の教育を早める方が適切であるかもしれない。

9月28日
 御嶽山の噴火は依然として続き、救出活動は難航しているようである。遭難された方々の無事を祈る。

 土井たか子元衆院議長の訃報が届いた。どのくらい前のことだろうか、私が暮らしていた地方で県知事選挙があり、応援演説にやってきたのを見物に出かけたことがある。まだ60代であったはずで、年よりも若く見えるという印象があった。阪神ファンとして有名で、初当選したときに、甲子園球場に特別に入場させてもらって、この球場をいっぱいにするだけの人たちが私に投票してくれたんだと感慨にふけったというエピソードがある。政治は抽象的な理念だけではダメで、具体的な、人の顔が見えるものでなくてはいけない、ということが分かっていた人だったと思う。そういう意味で、亡くなられたのは残念である。

9月29日
 NHKラジオまいにちドイツ語、フランス語、イタリア語の新しい番組が始まる。朝、起きるのが遅くて、7:45からのイタリア語の番組だけやっときくことができた(これは昨年の10月から今年の3月まで放送された「初級編」の再放送である)。午後になってフランス語とドイツ語の時間を聴いたが、睡魔を振り払うのに必死であった。語学と付き合っている限り、不眠に悩まされることはなさそうである。
 今季から入門ビジネス英語、実践ビジネス英語も聴くことにした。ラジオ英会話の時間も時々耳にしているのだが、私が英会話の時間を聴いて自分に比べて、内容が高度になっているのではないか、その分、日本人一般の英語力が向上しているのではないかと思ったりする。そのような英語力の向上が国内および国際社会に対してどのような影響力をもってくるのかも興味あるところである。

9月30日
 志村五郎『数学をいかに教えるか』(ちくま学芸文庫)を読み終える。プリンストン大学をはじめ、日米の大学で数学教育に携わってきた著者が数学、それに英語の教育はどうあるべきかについて考えていることを記している。著者はゆとり教育に反対で、その主唱者である作家で文化庁の長官でもあったM氏についてぼろくそに論評しているところが興味深い。特にM氏がザルツブルクでモーツァルトの『魔笛』を見て一知半解の感想を述べたエピソードを取り上げて、彼の似非文化人ぶりを余すところなく暴露している個所が痛快である。
 志村さんが旧制姫路中学⇒一高の先輩である和辻哲郎や、一高時代のドイツ語の先生である竹山道雄に対して、特に2人の外国語もしくは外国文化に対する姿勢について、どこか批判的な姿勢を示しているところも、深く考えてみる必要があるのではないかと思っている。 
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