今野真二『「言海」を読む ことばの海と明治の日本語』

9月22日(月)おおむね晴れ、暑し

 今野真二『「言海」を読む ことばの海と明治の日本語』(角川選書)を読み終える。今年に入ってから、『かなづかいの歴史』、『日本語の近代――はずされた漢語』、『日本語の考古学』と今野さんの本を3冊読んでいて、これで4冊目である。これらの書物の中で、著者は日本の社会が近代化する中で、日本語がどのように変わってきたかを様々な角度から取り上げてきたが、今回は大槻文彦(1847-1928)が1891(明治24)年に完成した「最初の近代的国語辞典」(23ページ)である『言海』を取り上げて、それが明治時代の言語相をどのようにとらえ、映し出したものかを検討している。「『言海』は丁寧に編輯された辞書で、明治期の日本語を理解するための「情報」が蓄積されている」(16-17ページ)というのが著者の出発点である。

 これまでも大槻文彦と『言海』については少なからぬ研究がなされ、文学作品の題材としても取り上げられてきた。しかし、それが明治時代の日本語とどのように取り組んだ辞書であるのかを具体的に明らかにした研究はなかったと著者は言う。そうはいっても、「和漢洋を具微せる学者」(29ページ)であった大槻が辞書の編纂に取り組むまでの経緯を記さないわけにはいかず、第1章「大槻文彦と『言海』」は大槻の辞書との取り組みの概略を述べている。

 第2章「『言海』の特徴」ではこの辞書の特徴が記されている。まず、それまでの辞書がいろは順であったのを五十音順に改めたこと。これはその後の国語辞書の先駆けとなった。大槻は、この辞書の冒頭に「本書編纂の大意」として編纂にあたっての方針を述べているが、その最初に「此書ハ、日本普通語ノ辞書ナリ」(41ページ)と書いている。彼が何をもって「日本普通語」と考えていたかは、この書物全体を通じて検討していきたいと今野さんは述べている。

 次に「辞書ニ挙ゲタル言語ニハ、左ノ五種ノ解アラムコトヲ要ス」(同上)と述べ、「発音(pronunciation)」「語別[品詞の別](parts of speech)」「語原(derivation)」「語釈(definition)」「出典(reference)」の5種を挙げている。今野さんは、第2章でこのうちの「発音」「語別」「語原」の3つについて検討し、「語釈」については第3章で取り上げるとしている。また「出典」はこの章の終わりに書かれているように、印刷出版に至る過程で書物が大部になりすぎることを恐れて削除されるという経緯を辿った。

 「発音」と「語別」を辞書に記載することについては、大槻が幕末の洋書調所において編纂にかかわった英和辞書の構成に学んだものと推測される。取り上げた語の発音をめぐって大槻は「四分の一角程度のハイフン」を使って促音・拗音などを表記するなどの工夫を凝らしているが、これは現在の印刷技術でも難しく、また多くの人々から見落とされてしまっているのは残念なことである。

 日本語は「語原」について考えにくい言語であるが、『言海』ではあえて取り組もうとしている。このことは、後に続く国語辞書に大きな影響を及ぼすことになった。また、明治時代の言語意識を反映して、和語と漢語の差別化を図り、活字を使い分けている。

 『言海』が見出し語として選んでいる語は、話し言葉を重視しながらも、書き言葉も含んで、広く一般的に使われている語である。このことから「日本普通語」というのは、日本人が「今、自分が使っている語」だと考えるような言語を指していると考えられる。

 現在、宮城県図書館に、印刷出版された『言海』の、印刷のための浄書本と考えられる稿本が収められている。この稿本と印刷本とを対比してみると、漢語が大幅に削られていることが分かる。この結果として辞書に収められている漢語の比率が低くなり当時の日本語の現実を反映するものにならなかったかもしれないのは残念なことである。その一方で大槻は最後まで辞書の編纂に心を砕き、また「さまざまな符号類を駆使して「付加情報」を辞書に反映させようとしていた」(66ページ)が、それが出版にあたっての作業を複雑化させ、遅らせることになったことも否定できない。

 第3章では漱石の『吾輩は猫である』などの同時代の文章でつかわれている語と『言海』の語釈とを対照しながら、また第4章では鴎外や白秋の作品における語の使い方、読み方を『言海』の見出し語と比べながら検討している。第5章では山田美妙が編纂した『日本大辞書』と『言海』を比べてそれぞれの意図や特徴を明らかにしている。そして終章で『言海』という辞書について著者が明らかにすることができた特徴を概観しているが、これらについては、また稿を改めて紹介・論評することにしたい。
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