日記抄(9月10日~16日)

9月16日(火)晴れたり曇ったり

 9月10日から本日にかけて経験したこと、考えたことなど:

9月10日
 テレビ朝日の『マツコ&有吉の怒り新党』で「納得できる絵柄の星座がない」という怒りが寄せられていた。もともと星座は古代オリエント起源であり、その時代と現在とでは星の見え方が違うし、人々の想像力も違うので、これは致し方のないことであろう。むしろ我々の想像力の貧弱さを怒るべきではなかろうか。それ以前の問題として、私の住んでいるあたりでは、私の目がよくないこともあるだろうが、2等星がやっと見える程度で、そのためほとんどの星座がその姿を確認できない。まことに夢のないことである。

9月11日
 NHKラジオまいにちドイツ語応用編「言うが花のドイツ語」(Wer spricht, gewinnt.)の練習問題で
「今日のうちに飛行機の予約をする方がいいよ」
Es ist besser, du buchst heute noch einen Flug.
という文が出てきた。このheute noch(今日のうちに)というのをnoch heuteといってもいいが、noch heuteの方が切迫感があるという話であった。

 この言葉で思い出すのは八田元夫(1903-76)の書いた『まだ今日のほうが!』という戯曲で、1960年代の前半に上演されている。ナチスが勢力を増し、社会情勢が厳しくなっていく中でドイツの青年たちがNoch heute!とあいさつを交わしたという話が題名のもとになっている。本当にドイツの青年たちがそのように挨拶していたかについての真偽は知らない。

9月12日
 昨日に引き続き、ドイツ語の話題。日本語で「ざっくばらんに言えば」というところ、ドイツ語では
um es auf gut Deutsch zu sagen
というそうである。

9月13日
 神奈川県立近代美術館鎌倉別館に「ベン・シャーンとジョルジュ・ルオー」という展覧会を見に行く。ルオー(1871-1958)の版画集『ミセレーレ』全58点と、ベン・シャーン(1898-1969)の版画集『一行の詩のためには…:リルケ『マルテの手記』より』全24点を中心として、2人のその他の作品も含む展示である。フランスで活躍したルオーの太い線と、アメリカで活躍したベン・シャーンの細い線には共通点はないのだが、それぞれに興味深い展示ではあった。特に1930年代のアメリカの社会問題をとらえたベン・シャーンの『砂あらし』はスタインベックの小説やジョン・フォードの映画を思わせる時代の雰囲気を表現していて強い印象を残す。ベン・シャーンという画家について知ったのは、粟津潔さんの話を通してのことであったが、話を聞いたのはもう40年以上昔の話のことになってしまった。

 展覧会を見てから、小町通りを鎌倉駅の方に戻っていったら、20歳代の青年が、この通りはぼくが子どものころはこんなに観光地化していなかったなどと話していたので、何となくいやになった。駅の近くのクリスタル・ワールドという店でサービス品として150円で売られていたムーンストーン(月長石)を購入する。月長石といってもいろいろな石があるようである。

9月14日
 何日か前に届いていた小学校の同窓会の会報を読んでみたら、最近の物故者の中に同級生の名前を発見してびっくりした。櫛の歯が欠けていくような感じで、同級生の数が減ってきているが、私の髪の毛も薄くなって、櫛が要らなくなり始めている・・・。年をとるということは幾分滑稽でもあり、もの悲しくもあるということを改めて感じた。

9月15日
 NHKラジオ第二放送の文化講演会「軍師官兵衛の虚像と実像」を聴く。静岡大学の元学長で戦国時代の歴史研究で知られる小和田哲男さんの講演。知っている話が多かったのだが、黒田官兵衛が最初仕えていた小寺氏のもとで、毛利につくか織田につくかという評定が行われた際に、いち早く長篠の合戦の結果を踏まえて織田につくことを進言したという話について、彼が薬の行商人のネットワークを使って情報をいち早く入手していたことが役だったのではないかと推測していたのが興味深かった。さらに秀吉の小田原城攻囲戦の際に、最終的に北条方を説得して降伏させたのが黒田官兵衛であるが、それまで上杉や武田に攻囲されても小田原城が持ちこたえていたのは攻める側の兵農分離が進んでいなかったために農繁期になると軍勢が撤退していたためであり、秀吉の軍勢はそういうことがないのだと納得させたのだというのもなるほどと思った。単に情報を集めるだけでなく、分析し判断する能力に長けていたことが彼の軍師としての働きに大きく貢献していたようである。最後に、大きな組織になると、軍師・参謀の役割が重要になるといわれていたが、おそらくは静岡大学という大きな組織の中での学長という職務にあった経験に基づく意見であろう。

9月16日
 NHKカルチャーラジオ『聖地エルサレムの歴史』では、先週の第10回と、今週の第11回の2回にわたり十字軍について取り上げた。講師である笈川博一さんの話は、十字軍が全体として失敗であったというところに強調点が置かれていたが、十字軍遠征を通じて、西欧のキリスト教(カトリック)社会が東欧・中近東のイスラム教とキリスト教(東方教会)の文明と経済を吸収していったという側面も見逃せない。笈川さんも言われていたが、十字軍の始まる時点では東方の社会の方が文明も経済も発展していたのである。十字軍がキリスト教にとっての聖地回復という目的を果たせなかったにもかかわらず、その後の欧米の社会の中で肯定的な評価を受けてきたことは、歴史の教訓から学ぶということがいかに難しいかを示す一例であろう。
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同級生の訃報に

同級生の訃報に接した驚きだけを記して、弔意を表すのを忘れていた。改めて冥福を祈りたい。ありきたりの表現になってしまっているが、手向けの句を:
風よ吹け 菊の香届け 友の許
秋空に 香振りまけ 香一炷
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