『太平記』(10)

9月13日(土)晴れたり曇ったり

 久しぶりに鎌倉に出かける。東京や横浜に比べて緑の濃い町であるという印象を新たにする。京都育ちで、横浜市大の先生をされていた歴史学者の今谷明さんが、鎌倉の緑は京都の緑に比べて劣るという感想を語られていたが、京都の方が鎌倉よりも都市の規模が大きいことと関連しているかもしれないと思う。京都と鎌倉を主要な舞台とする『太平記』を読む際に、考慮すべき事柄の一つであろう。

 さて、今回はこの書物の中でも有名な阿新丸(くまわかまる)の物語を取り上げることになる。正中の変の首謀者の1人である日野中納言資朝の子息で、後に邦光と名乗ってやはり中納言となった。

 鎌倉での評定の結果、後醍醐天皇による倒幕計画の首謀者として北畠具行、日野俊基、日野資朝の3人が処刑されることになる。この知らせが京都に届いたので、阿新はまだ13歳であり、父親が捕えられたことから仁和寺の近くに隠れ住んでいたが、父親が生きているうちに一目でいいから会って、一緒に斬られるなり、あるいは父の最後を見届けるなりしたいと思い詰め、その由を母親に告げる。母親はいったんは止めるが、阿新の決心は固く、家に代々つかえている中間のものを連れて父親が流刑にされている佐渡に旅立とうとする。それで母親もやむなく、息子を送り出すことになる。

 まだ年少であり、旅慣れないこともあって、気持ちはせいてもなかなか旅は進まず、10日ほどかかって越前の敦賀に到着する(ちょっとかかりすぎではないかと思う。途中で道に迷ったのではないか?)。そこから商人の船に乗って佐渡に到着する。そして父親を預かっている本間山城の入道の館にたどり着く。本間は佐渡の守護である大仏貞直の家臣で守護代を務めていた。現在でも、佐渡には本間という姓の人が少なくない。

 阿新は館の前にやってきて、取次ぎを頼む人もいないので、中から出てきた僧侶に事情を告げて、父親に会わせてくれと頼む。同情した僧侶は承知して、本間にこのことを告げ、本間も阿新を受け入れることを承知して、館の中の持仏堂に受け入れた。しかし、父子を対面させようとはしないまま、時間が過ぎていく。本間としてみれば、幕府へのおもんばかりもあって、そう簡単には父子を会わせるわけにもいかないのである。

 かくするうちに5月29日の夕暮れ時、資朝卿を牢から出して、久しく入浴されていないので、行水をされたらいかがですかという。資朝卿はさてこそ、死期が訪れたかと察知して、息子に会えぬままであることを悲しみながらも何も言わず、用意された輿に乗り、刑場である河原に向かう。そして敷皮の上に座って辞世の頌を書き記す:
 五蘊仮に成ることを得
 四大今空に帰す
 首(こうべ)を将(も)って白刃に当つ
 截断す一陣の風を
(99-100ページ、五蘊が仮に形をなして人となることができたが、四大は今本来の空に帰ってゆく。首を差し出せば、ただ白刃はつかの間の風を断つのみである。) 宋学を学んだ資朝ではあったが、最後に行き着いたのは仏教的な死生観であったのだろうか。

 資朝がこのように書き終えすろすぐに、本間三郎が後ろに回って太刀を構え、彼の首を切り落とした。しかし首は落ちても死骸は座ったままであった。この間、資朝の側にいた僧侶が葬礼を行い、遺骨を阿新に渡す。阿新はいうこともなく涙に搔き暮れるが、中間に父の遺骨をもたせて高野山に収めるように言い聞かせて都に帰らせる。そして自分は気分が悪いと仮病を使って館に居続ける。

 阿新は本間父子のどちらか一方でも討ち取って仇をとろうと、機会をうかがううちに4,5日が立って雨風が激しい夜があり、本間三郎が寝ているところを見かけることができた。阿新は武器は身につけていなかったが本間の枕元には太刀も刀もあり、燈が消えたときを見計らって本間を殺そうとしていると、蛾が飛んでくる。そこで障子を唾で濡らして穴をあけ、蛾を部屋の中に入れると燈が消えたので、本間の枕元の刀をとって腰にさし、太刀をとって鞘を外し、三郎の胸を突き通し、返す太刀で喉笛を切って、そのまま後ろの竹原に隠れた。

 本間の家の人々が気づいて騒ぎ立てるが、阿新は隠れ遂せ、幅約2丈(6メートル)ほどの堀をその上に覆いかぶさっていた竹を利用してわたり、追っ手を交わして港のほうへと急ぐ。途中であった山伏の助けを借り、彼が法力で呼び戻した舟に乗って越後の(国)府(直江津)に到着することができた。こうして彼は父親の仇を討って京都に戻ったのである。

 首謀者の1人である資朝については以上のような物語があったのだが、他の関係者についてはどのような物語があるのだろうか。それはまた次回。
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