バナナ

9月10日(水)曇り後雨

 ラピュタ阿佐ヶ谷で渋谷実監督の1960年作品『バナナ』を見た。獅子文六(岩田豊雄)の同名の新聞連載小説の映画化。渋谷はそれまで獅子文六の『てんやわんや』、『自由学校』の映画化を手掛けている。残念ながら両作品ともに見ていないが、渋谷の愛弟子で、その作風をよく継承したといわれる川島雄三が獅子文六作品を映画化した『特急にっぽん』、『箱根山』を見ている。戦後の世相の変化によって生じる悲喜劇をいち早く見つけて描きだす速報性が獅子文六の作風の特徴であるが、同時代の社会相の描き方が表面的で、そのため来るべき変化を予見できないという問題点も見られる。だから川島作品に即して言えば、人間模様を表面的に描いた『特急にっぽん』はそのままで楽しめるが、箱根の観光利権をめぐる2大私鉄の戦いを描いた前半と、加山雄三と星由里子の恋愛模様を描く後半部分にはっきり分かれてしまった『箱根山』は失敗作といわざるを得ないのである(前半の描写が快調であるだけに、後半の変調が惜しまれる)。そのような特徴が『バナナ』にもみられるのではないかと思った。

 戦後不動産の売買で財産をきずいた呉天童は華僑世界の大物として、今はほとんど仕事をせずに食道楽を中心とした優雅な生活を送っている。その日本人の妻紀伊子はシャンソン愛好のマロニエ会の熱心な会員であり、息子の大学生竜馬は自動車に熱中している。それぞれが世の中の動きとは距離を置いて優雅な生活をしている。
 竜馬は一生懸命貯金した20万円にさらに20万円を足せば、ほしい車に手が出るので、父親に残りをねだるのだが、天童の方は車はだめだと理解を示さない。竜馬と大学の同級で仲のよい女子学生サキ子は突然シャンソン歌手になると言い出し、竜馬に後援会のまとめ役を依頼する。竜馬はこのことから用事を抱え込むことになる。サキ子の父親の貞造は竜馬の父親が華僑世界の大物で、叔父が貿易商であることを知って、バナナの輸入枠を分けてもらうことを頼んでくる。彼は戦前はひとかどのバナナ商人であったのが、戦後は輸入が制限されているために青果の取引一般に仕事を変えているのである。神戸に赴いた竜馬に叔父の天源はお前にも商人の血が流れているはずだといって、バナナの輸入の権利を譲る。竜馬はバナナの輸入の仕事をはじめ、その事業は順調に滑り出したかに見えたが、彼のもとに魔の手が伸びる。

 グローバルな経済の中でバナナが果たしている役割については、鶴見良行をはじめ多くの研究者が注目してきたが、そうなるのはもっと後の話である。2つの中国の対立と、それが日本に住んでいる華人の間に生み出した対立は、この物語の進行に少なからぬ影響を及ぼしているが、このあと1970年代以後にさらに大きく変化することになる。さらにこの作品では在日華人の家庭における世代間の対立ということも視野に入っているが、これはそれほど大きな問題としては描かれていない。それよりも、大学で空手をやっているという竜馬が後半でその腕前を示す場面があって、これが結構面白かった。惜しむらくはこの作品はブルース・リーの映画が日本で盛んに上映されるようになる10年以上も前の話で、総じて、この作品は作られたのが早すぎるのではないかという印象をもってしまう。何か、これからまだ波乱が起きそうなところで物語が終わってしまうのもこうしたことと関係があるはずである。

 天童を尾上松緑、紀伊子を杉村春子と文化勲章受章者(ただし杉村は辞退)が演じているほか、宮口精二、小沢栄太郎、小池朝雄、神山繁、仲谷昇と舞台俳優が多く脇を固めていて、それぞれの個性で物語の進行を盛り上げている。渋谷監督の映画作りは明暗を強調したり、各場面で俳優に思いがけない動作をさせたりして、巧みに喜劇性を醸し出している。サキ子を演じる岡田茉利子の多少型にはまってはいるが生き生きとした演技に加え、コンサートの場面で歌を披露するというサーヴィスもある。彼女の父親以外の年長者に対する言葉遣いが丁寧なこと、津川雅彦や小池朝雄の詰襟の学生服姿にも当時の学生風俗の一端がうかがわれる。天童のグルメぶりの描写の中でいろいろな中華料理が画面に出てくるほか、日本料理も登場し、ちょっとした料理映画の趣もある。それにこの時代の渋谷周辺や東急沿線の情景の描写が懐かしく感じられる。

 喜劇には観客が感情移入できる身近な存在の身近な出来事を描くものと、突き放してみてしまう異色の人物たちの異例の人間模様を描くものとがあるという風に分類すれば、これは後者に当てはまる。渋谷監督の映画作りはきわめて古典的なものに思われるが、それだけに手堅く、傑作とは言えないかもしれないが、安心してみることのできる作品に仕上がっている。
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