日記抄(9月3日~9月9日)

9月9日(火)曇り後晴れ

 9月3日から本日にかけて経験したこと、考えたことから:
9月3日
 シネマヴェーラ渋谷で『わが闘争』と『つむじ風』の二本立てを見る。シネマヴェーラでの中村登作品回顧上映と並行する形で、ラピュタ阿佐ヶ谷で「松竹大船撮影所」で作られた映画の特集上映が行われていることを知る。特に渋谷実作品が多く含まれているところが魅力的である。小生は、喜劇映画には一家言あるなどと自称しているが、日本を代表する喜劇映画監督の1人である渋谷実の作品はまるで見ていない。そういう意味では貴重な特集上映であると思うが、既に予定の半分以上を消化している。気がつくのが遅かった!!

9月4日
 カルチャーラジオ「生誕450年 シェークスピアと名優たち」の第10回「当代の看板役者::『ハムレット』」を聴く。主人公の独白部分が全体の中で占める比重が大きいこと、知的な作品であるという評価が定着していることなどから、それぞれの時代時代でその時代を象徴するような『ハムレット』の上演が行われてきたことが概観された。1965年のピーター・ホール演出による上演(ハムレットを演じたのはデイヴィッド・ウォーナー)、2000年のマイケル・アルメイダ監督、イーサン・ホーク主演の映画などが紹介されていて、講師である前沢浩子さん(独協大学教授)の関心が新しいハムレット解釈に向けられていることが分かる。日本人としての視角からは、志賀直哉が「クローディアスの日記」という小説を書いていることについて、言及がされてもよかったかなと思う。

9月5日
 ルーテル市ヶ谷ホールで「別府葉子 シャンソンコンサート in 東京」を聴く。別府さんは大阪と四国を中心に活動している歌手であるが、東京でもコンサートを開いていて、これが6回目だそうである。私はというとシャンソンのコンサートを聴きに出かけたのは、1966年に京都労音の主催による岸洋子のコンサートを聴きに出かけて以来48年ぶりのことである。別府さんには何度も当ブログをご訪問いただいているので、せっかくの機会を逃すわけにはいかないと出かけた次第。洋子⇒葉子というつながりもある。
 第Ⅰ部は別府さん自作の「月虹(げっこう)」など、シャンソンのカテゴリーに必ずしも入らない歌が多く歌われたが、それゆえに多様な歌の世界を覗いていく楽しさも感じられた。第2部でLe monde est fou(世界は狂ってる)を歌う前に、シャンソンは社会問題を取り上げたものが多いという前ふりをしていたが、これは歌うほうと聞く方の意識の反映であろう。1980年代の林田遼右さんが担当されていたフランス語の入門番組でいろいろなシャンソンの放送を聴いたことを思い出す。
 さて、コンサートであるが、第2部の後半かなり盛り上がったが、もう少し盛り上がってもよかったかなと思う。来年は誰かを誘って出かけてみようかと思う。その方が別府さんも喜ぶはずである。

9月6日
 NHKラジオまいにちドイツ語のテキストに掲載されているケストナーの『飛ぶ教室』について、英国のペンギン・ブックスから出版されているパッフィン・ブックスに収められている英訳を見つけたので、ドイツ語、英語、日本語で一部を紹介してみることにする。
 ドイツのある地方都市にある寄宿生のギムナジウムの5年生の生徒たちが、クリスマスに『飛ぶ教室』という題名の未来の学校を描く劇を上演しようとする。上演に向けての準備の最中に同級生が、同じ町にある実業学校(レアールシューレ)の生徒たちの襲撃を受けて、自分の父親が担当する授業の書き取りのノートを奪われるという事件が起きる。どうしたらよいか、彼らは払い下げの鉄道車両に住む禁煙さんの所へ相談しに行った。禁煙さんというのはあだ名で、払い下げの鉄道車両が禁煙車であったことによるものであり、彼自身は喫煙者なのである。
Sebastian sagte:≫Es wird das Gescheisteste sein, wenn Fridolin gleich abschwirrt und bei Kreuzkamms unauffällig festistellt, ob der Rudi inzwischen heimgekommen ist und ob er die Diktathefte mitgebracht hat.≪
’The thing to do,' said Sebastian, 'is for Fridolin to go off at once and inquire discreetly at Kreuzkamm's wheter Rudi has got home and whether he's brought the exercise-books with him.'
セバスティアーンが言った。「フリードリーンが今すぐ走っていって、クロイツカムさんちで、ルーディがもう帰ってきてるか、書き取りノートをもってきてるか、こっそりと確かめれば、一番いいんじゃないかな」

 物語の舞台になっているギムナジウムは寄宿制(自宅からの通学生もいる)という設定であるが、ドイツのギムナジウムは大体において通学制のほうが多いようである。ケストナーは自分のできる限りで少年たちにとって理想的な環境を想定しているように思われる。

9月7日
 ちょっと日付は違うのだが、白上謙一『ほんの話』(教養文庫)の一節を引用しておきたい。
・・・父が警視庁の役人であったためかもしれないが、関東大震災は子供だった私の目を、家庭から離れて初めて社会というものに向けさせる契機となった事件であった。社会とか日本人とかを問題にするとき、私の心には何時も真黒に汚れた数寄屋橋の仮橋を通る馬車の音が戻ってくるのである。
 私のいう関東大震災というのが9月1日の正午近く、グラグラと来た地震のみを指しているのではないことを強調したい。対象という年号はその後2,3年はつづくのであるが、震災とともに吾々を生み、育てた大正時代の文化がガラガラと崩れていくのである。
(90-91ページ)

9月8日
 NHKラジオまいにちイタリア語入門編で出てきたミニ会話の一部:
Madre: Dove sei stata ieri sera?
Figlia: Sono stata alla festa di Laura. È tornata da Berlino.
母: 昨日の夜はどこに行ってたの?
娘: ラウラのパーティーに行ったの。ベルリンから帰ってきたのよ。

 イタリア語では「近過去」という時制になるが、英語だと「過去」になるはずである。自分の知っている言語で、ここはどういうか…を考えていくと、それぞれの言語の特徴がより深く理解できるのではなかろうか。

9月9日
 NHKカルチャーラジオ『聖地エルサレムの歴史』第10回の再放送で十字軍についての講義を聴いた。十字軍が現在に至るキリスト教とイスラム教の抗争の主要な動因になっているということなのだが、この問題について異文化に属する誰かと議論するつもりはないし、それだけの語学力もない。インドの学者を相手に仏教とヒンズー教の異同について議論したことがあったが、それが自分のできる限界ではないかと思っている(語学力よりも、宗教理解の問題である)。
  
スポンサーサイト

コメントの投稿

管理者にだけ表示を許可する

プロフィール

Author:tangmianlaoren
FC2ブログへようこそ!

最新記事
最新コメント
最新トラックバック
月別アーカイブ
カテゴリ
検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QR