ダンテ・アリギエリ『神曲 地獄篇』(8)

9月6日(土)曇り、時々晴れ

 第7歌の終わりで、ウェルギリウスに導かれたダンテはとある塔の真下に到着する。彼らは依然として怒りと怠惰の大罪を犯した罪人たちの魂が送られる地獄の第5圏にいる。塔から遠くの方に向けて合図が送られる。そしてその合図に応えて、彼らのいるところに船がやってくる。船頭である悪魔は新しい魂を迎えたことを喜ぶが、ウェルギリウスはそれが空しい喜びであるという。(ダンテは神の意思を受けて、生きながら地獄を旅することを許されているのである。)

わが導き手は船に乗り込み、
それから近くに乗るよう私に促した。
船は私が乗ったその時にだけ重みで揺れた。

導き手と私が木船に乗ったとたん、
他の者どもを乗せる常より深く水面を切りつつ
波を切って古代の舳は進む。
(126ページ)

 ダンテは生きている人間なので、死者たちの霊とは違って、その体重で船を沈ませる。そう考えると、船が木で造られていること、重さに反応することも奇妙ではある。彼らが死の運河を進んでいると、泥まみれの霊がダンテの前に現れて、その名をたずねる。その人物は、ダンテの政敵であったフィリッポ・アルジェンティであった。彼はフィレンツェの名門に生まれ、「戦って奪う」という行動原理のもと、都市の法に従わず党派を組んで争い、市政を混乱に陥れた封建貴族の一員であった。彼はここでダンテによって罵倒され、ウェルギリウスによって追い払われ、他の罪人たちから八つ裂きにされる。怒りにはより高いところからの怒りの結果が及ぶのである。

激高したフィレンツェの霊は
己の体を己の歯で食いちぎっていた。

ここで私達はあの者を見放した、もはや語ることもない。
そうしているうちにも悲鳴の塊が私の耳を撃った。
そのために目を見開いて前方を凝視する。
(130ページ)
 二人は地獄の城であるディース城に到着する。これまで彼らが遭遇してきた悪魔はギリシャ・ローマ神話の中に登場してきた存在であり、ローマの詩人で、この作品では人間の中に本来備わっている<理性>を体現する存在であるウェルギリウスによって退けられてきた。しかし、ここで古典古代の世界には属さない(キリスト教的な)悪魔たちが登場する。彼らは言う
・・・「おまえだけがこい、そいつは放り出せ。
無謀にもこの王国に侵入しやがって。

定めを超えた道は一人で帰らせろ。
やらせてみろよ、できるかどうか。この暗黒の領土を案内してきた
おまえは、ここに残ることになるんだからよ」。
(132ページ)
悪魔たちによって2人の入城は拒まれる。原さんの解説によると「文体的には、対話ではなく、ダンテとウェルギリウスと罪人の三者による会話が初めてなされることとリアリスティックな台詞が特徴となっている。それは、ラテン語によって書かれた格調高い叙事詩の詩人ウェルギリウスの世界から、ダンテが離れていくことを示している」(537ページ)とのことである。このあたりの雰囲気は訳文によっても確かに感じられる。この翻訳の優れていることの証左でもあろう。

 前途を阻まれた彼らではあるが、道を切り開く力がやがて到着すると、ウェルギリウスは告げる。
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