プルタルコス『エジプト神イシスとオシリスの伝説について』(7)

8月28日(木)雨が降ったりやんだり

 神々と結びつけて動物を崇拝する傾向について、プルタルコスは一方ではその動物が有用であるから、また他方では神々の力を連想させる性質をもっていることのために大事にされているのだと説明する。例えばワニは舌をもっていないが(訳注によるとヘロドトスも同じようなことを書いているそうだが、これはもちろん誤りである)、神の言葉は声を必要としないと考えられることから、ワニも神聖な動物と考えられるようになったという。「鰐は60個の卵を産み、それだけの日数(60日)でかえします。そして一番長生きするものはそれだけの年数(60年間)行きます。この60という数は、天界のことに関わっている人々にとっては最も重要な尺度です」(131ページ)という。古代の学者たちは確かにこれらのことを述べているが、これまた訳注に記されているように、これらのことがどれだけ観察に基づいているかは怪しげである。(60という数字が強調されるあまり、連続量と分離量が混同されているのも気になるところである。)

 さらにプルタルコスは神の象徴としての数と図形について語っている。「テトラクテュスと呼ばれるものがあって、これは36のことですが、よく言われておりますように、これは最も重い誓いを表し、『世界』とも呼ばれました。最初の4個の偶数(2・4・6・8)と最初の4個の奇数(1・3・5・7)の和なのです」(133-4ページ)。なぜ4個であって、5個ではないのか、36であって、55でないのかは説明されていない。

 このように彼は人々が信じているものについて、その根拠を明らかにすべきであると説き、盲信を戒めている。また生きているもの、感覚のある物は、自分自身について、また他者について知ることができるから、そうでないものに勝っていて、尊重されるべきであると論じている。それゆえに動物崇拝については理性的に対処すべきであるというのが彼の考えであろう。

 またイシスは多様性を、オシリスは単一性を表していると述べ、オシリスは哲学の究極の真理を体現しているとも論じているが、このあたりはどこか怪しげである(怪しげなのは私の理解のほうかもしれないが・・・・)。プルタルコスはさらにオシリスが冥界の王であるというエジプトの神官たちの説には承服しがたいと論じ、また儀式で焚く香について考察しているところでこの書物は終わっている。

 以上7回にわたってプルタルコスの『モラリア(倫理論集)』の一部であるこの書物を紹介・考察してきたが、古代エジプトとギリシャの信仰・精神生活と風習について多くの情報を盛り込んでおり、その知識量の豊富さには感嘆させられるのだが、それらの知識を分析・整理していく思考の水準は必ずしも高いものではないと思った。プルタルコスは1世紀から2世紀にかけて生きていた人物であり、プラトンやアリストテレスの著作には親しんでいたはずであるが、彼ら、あるいは他の哲学者の見解を十分に理解し、咀嚼しているとはいいがたいのである。ヘレニズム時代からローマ帝国時代にかけて、学校教育が次第に普及し、帝国内の全般的な知的水準は向上したが、その最先端の部分における水準はむしろ停滞していたというのはどういうことであろうか。大いに考えさせられるところである。

 現在放送中のNHKカルチャーラジオ『生誕450年 シェークスピアと名優たち』によると、シェークスピアの歴史劇にはプルタルコスの『対比列伝(英雄伝)』を素材とするものがあるという。プルタルコスは創造的な解釈を進めていくことのできるものにとって情報の宝庫であるかもしれないが、それだけに取扱いに注意を要する古典であるかもしれないと思った。柳沼重剛によるこの書物の翻訳は、訳注が丁寧で本文とともに読み進めると理解が進むだけでなく、自分なりに考えをまとめていくのにも役立つ。とはいうものの、この本を読むくらいならば、プラトンやアリストテレスに取り組む方が有益なのではないかという感想も捨てきれない。
スポンサーサイト

コメントの投稿

管理者にだけ表示を許可する

プロフィール

tangmianlaoren

Author:tangmianlaoren
FC2ブログへようこそ!

最新記事
最新コメント
最新トラックバック
月別アーカイブ
カテゴリ
検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QR