ダンテ・アリギエリ『神曲 地獄篇』(5)

8月14日(木)雨が降ったりやんだり

かくて私は第一の圏から
第二の圏へと降りた。囲みは狭まり、
劫罰は激化し、苦痛に悲鳴が上がっている。
(84ページ)
ダンテは地獄の第2圏に下る。第4歌に歌われたリンボは、罪人たちの魂が置かれる場所ではないので、ここからが本格的な地獄ということになる。ここには七つの大罪のうちの<淫乱>=理性を恋愛に屈した人々の魂が置かれている。

 ダンテとウェルギリウスの前に現れたのは冥府の裁判官であるミノスである。彼はギリシャ神話の中の人物で、ゼウス(ユピテル)とフェニキアの王女であったエウローペの子で、クレータ島の王となり、ヘロドトスによれば最初の法律を制定した人物でもある。(ヘロドトスはペルシャ戦争の原因を探ろうとして彼の『探求(歴史)』を書きはじめたが、ゼウスによるエウローペの略奪が戦争の背景をなす東西の対立の遠因であると書いた。ダンテが、ヘロドトスを読んでいたとは思えないが、彼はここでミノスを最初の法律の制定者として、冥府の裁判官役の悪魔としての地位を与えている。

 ミノスの前を通り抜けた二人は、地獄の暴風の中を進むことになる。
地獄の暴風はけっして止まず、
亡霊どもを奪い去って引きまわし、
巻き込んで撃ち、噛み砕く
・・・
このような苦しみに
封じられているのは肉欲の罪人であると悟った。
欲望に理性を委ねたのだ。
(87ページ)

 地獄のこの部分にはアッシリアの女帝であったセミーラミス、ウェルギリウスの叙事詩の中で重要な役割を演じたカルタゴの女王ディドー、エジプトの女王クレオパトラ、トロイア戦争の原因となった美女ヘレネー、戦争の中で活躍しながら恋のために罠にはめられて死んだ英雄アキレウス、そしてヘレネーの恋人のパリス、イゾルデとの恋で有名なトリスタンなどの姿がみられる。
我が博学の師が古代の高貴な女性や騎士の
名をあげるのを聞き終わると
私はすぐにあわれみにとらわれ、危うく気を失いかけた。
(90ページ)

 しかしダンテは激しい風の中でも一つになって飛んでいる二人の魂に気付き、その魂に話しかけたいとウェルギリウスに話しかける。ウェルギリウスの指示に従って、その魂が近づいた時に、ダンテは彼らの言葉をきくことができた。二人はラヴェンナの貴族の娘でリミニの貴族に嫁いだフランチェスカと、彼女の夫の弟のパオロであった。彼らは道ならぬ恋の現場をフランチェスカの夫に見いだされ、殺害されたのである。

 二人は彼らの恋の一部始終を語る:
片方の霊が話している間、
もう一人の霊は泣いていた。そのため私は憐れみに
気を失った、あたかも死んだように。

そして倒れた、死んだ肉体が倒れるように。
(97ページ)
このフランチェスカとパオロの恋愛はダンテの詩によって長く語り継がれ、絵画や彫刻の題材ともなってきたが、ダンテが2人の恋愛をどのように評価しているかについては、議論が分かれているようである。原さんの訳注を読めばわかることであるが、ここでは恋愛詩に代表される文学をどのように評価するかという文学的な論争がこの第5歌の背景には潜んでいると思われる。ダンテ自身が加わっていた「清新体」と呼ばれる文学運動における恋愛観がここでは否定されようとしている。情念や衝動による恋愛は神に至る道ではないというのである。
 私がダンテに興味を持ったのは『神曲』よりも、初期の作品である『新生』の初々しさに惹かれてのことであったので、その中での多少の生々しさを帯びた恋愛観、文学観をダンテが否定的にとらえていることがなんとなく納得できない気分である。「二人の魂は天国で結ばれたのでした」という物語の結末がよくあるが、「地獄で結ばれたのでした」では聞き手の気持ちが宙づりにされてしまう。ではどのような恋愛を、また人生と世界観をダンテはよしとするのか。
 ダンテがここで気を失ったのは、一種の自己否定であり、さらに過酷な地獄を見ることによって彼の世界観はさらに深く広いものとなっていくのである。 
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