ダンテ・アリギエリ『神曲 地獄篇』(4)

8月6日(水)晴れて、暑い日々が続いている。

雷鳴の重い一撃が
頭の中で深い眠りを打ち破り、力ずくで起こされた者のように
私は突如として目覚めた。
(68ページ)

 語り手であるダンテは意識を失っているうちに地獄の川であるアケローンを渡っていた。ウェルギリウスに導かれて彼がやってきたのはリンボ(辺獄)と呼ばれる地獄の端の場所である。ここには原罪以外の罪は侵さなかった魂が置かれている。当時のキリスト教会の考えでは、ここには洗礼を受けられないまま罪なくして死んだ幼子だけがいるとされていたが、ダンテはキリスト教信者ではなかった正しい魂もここにいると考えていた。それでキリスト教以前に生きていた優れた人々の魂も「神をあるべきように敬わなかった」(71ページ)ためにここにおかれている。ウェルギリウスもその中にいるのである。

それを聞いたときに大きな悲しみが私の心をとらえた。
なぜなら素晴らしく偉大な人々が
あのリンボで宙吊りにされていることが分かったからだ。
(72ページ)

 キリストが復活した際に、地獄から旧約聖書にその事績を記された義人たちを天国に連れていったとウェルギリウスは語る。そのように話しながら、ウェルギリウスは魂が森のように密集しているその中をダンテとともに歩む。その中で光が見える。後世から賞賛を受ける優れた業績を残した人々の魂は天上からの情けによりこのような光を与えられているのである。

その間にも声が私に届いてきた。
「至高の詩人に栄誉を与えよ。
我らのもとを離れていたが、彼の影が帰ってきた」。
(75ページ) ウェルギリウスを迎える声である。そして4人の詩人たちの影が2人の方に向かってきた。その先頭を王者のように歩いているのがホメーロス、続いてホラティウス、オウィディウス、ルーカーヌスが歩んできた。

詩人たちはしばらく話してから、
振り向いて私に向かって親しげな挨拶の仕草を見せた。
そして我が師もこれを喜び微笑んだ。 

さらにはこれを超える栄誉をも私に与えてくれた。
詩人たちはその列に私を迎えることさえしてくれたのだ。
そして私は第6の知恵ある詩人となった。
(77ページ) 自分が古代の優れた詩人たちに劣らないというダンテの自負がうかがわれる個所であるが、実際にその通りなのだから文句の言いようがない。ただ、注によるとダンテは5人の詩人の作品に十分に馴染んではいなかった(彼の時代には名前だけが伝わっていて、作品が読まれていなかった詩人さえいる)とのことである。

 6人は「高貴なる城」(78ページ)にたどり着く。その中にはキリスト教以前の多くの優れた人々の影が見かけられた。さらにイスラームを代表して十字軍と戦った存在ではあったが、騎士的な徳の体現者と考えられていたサラディーンの姿もあった。ソクラテス、プラトン、アリストテレスをはじめとする古代の哲学者たち、その他の学者たちの中に、アラブ人の学者であるアヴェロエスも含まれていた。

けれども私は全員を描いてはいられない。
なぜなら長く続く題材が私を駆り立てるので、
事実を述べる言葉が何度も至らなくなってしまうからだ。

6人の一団は2人に減って、
賢い導き手は私を別の道へと誘った。
静寂を抜け出て、震える大気の中に。

そして明かりのまったくない場所に来た。
(82ページ)

 原基晶さんによる『神曲』の新しい翻訳の紹介を再開する。今回紹介した個所は、ギリシア・ローマの優れた人々を「地獄」の一部においているということで、批判する意見もあるところであるが、キリスト教的な世界観から、これらの人々の業績をしかるべき場所におこうという意図の表れと解釈しておきたい。この作品の全体を通じて、キリスト教とともに、ギリシアからローマへと継承された文化や、ローマ帝国の政治的な遺産がダンテの思想の正統性を裏付けるものと認識されていると受け取りたいからである。
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