好きっていいなよ。

7月23日(水)晴れ後曇り

 昨日、カルヴィーノ『イタリア民話集(下』を読み、今日、馬田草織『ようこそポルトガル食堂へ』を読み終えた。また、109シネマズMM横浜で『好きっていいなよ。』と『グランド・ブダペスト・ホテル』を見た。『好きっていいなよ』を取り上げるのは、基本的に自分の経験だけに基づいて批評できるからである。

 自分の経験だけに基づいて批評できるなどと書いたが、高校生の恋愛を描いた映画を、50年も前に高校を卒業し、しかも高校時代は受験一色であった男子校の卒業生が「批評できるのか」は疑わしい。せいぜい、思い出すのは電車の中でよく同じ車両に乗っていたのでいつの間にか覚えてしまった、他の高等学校に通う女子生徒の顔くらいのものである。おたがいに、挨拶をしようか、しまいか、というところで考えているうちに卒業してしまった。そういう記憶は恋愛以前であって、もし私がその後の人生で顔に見覚えのある彼女に、別の場面で出会ったら、何かの物語が生まれただろうが、そういうことは起きなかった。

 男女共学で、比較的自由な雰囲気を持っているある高校。学園祭のイベントで1年生の間からアイドルに選ばれた男子生徒。その騒ぎをよそに誰とも口をきかずに登下校を繰り返している女子生徒。ところがその男子生徒が、女子生徒の方に興味を抱く。男子生徒が階段を上る女子生徒のスカートに触れて蹴飛ばされ、けがをする。それが発端になって2人は口をきくようになり、それまで誰ともほとんど口をきかなかった女子生徒が他の生徒と口をきくようになり、なぜか周りに集まる人間が増えてきて、物語があちこちに動き回る。といっても、男子生徒の中学時代の友達で、いじめを受けていたのに助けることができなかった生徒が新入生としてやってくるとか、男子生徒がモデルにスカウトされるというような起伏が目立つ程度の展開である。

 映画が終わった後、うらやましいなぁというような男性の観客の声が聞こえた。どうもその人が経験した高校生活と比べると、かなり楽しい日常が描かれていたようである。ヒロインは高校生活の合間に、パン屋でアルバイトをしているようであるが、他の登場人物についてみると、そういう日常の姿は描かれておらず、部活に汗を流すでもなく、予備校で受験勉強に励むわけでもない。親たちの姿もあまり見えてこないし、そういう意味では気楽に高校生活を過ごしているようである。

 住まいの近くにある高等学校に通う生徒たちをいつも眺めているし、そうではない高校生にもよく出会う。家庭で、通学途中で、学校で彼らは様々なドラマを演出しているのであろうが、外から眺めているだけではそういうことはわからない。映画の中で中学生時代のいじめの話が出てきて、それはそんなに簡単に克服される問題ではないのに、ただエピソードとして語られているだけであるのが気になった。以前に見た『ある定時制高校の記憶』に登場する高校生のほとんど全員が中学時代にいじめを受けて十分な日数登校できず、しっかりとした中学校教育を受けてこなかったと語られていたことが思い出される。部活動について触れたが、学園祭にしても、準備には相当な時間と労力がかかるのである。登場人物たちはその準備に加わっているようには見えず、成果をただ利用したり、あるいはそれすらも無視したりしている様子なのである。

 恋愛が当事者の認識する世界を広げるという場合もあるし、狭めるという場合もある。この映画は広げる方の恋愛を描いているようであるが、その広がり方に問題がないわけではない。人生は長く、恋愛の機会は高校時代に限定されない。しかし、若いころの恋愛のほうが純度が高いというか、意味が重く感じられるところがある。『桐島、部活やめるってよ』などと比べると、教師の姿がほとんど見られない――というよりその役割が感じられないのもこの作品の特徴である。親もダメ、教師もダメとすると、青年時代の問題は同世代間の交流と協力によってしか解決できないというのであろうか。これはもっと真剣に考えて良い問題である。
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