語学放浪記(38)

7月18日(金)曇り、時々雨

 伯母の通夜・葬儀が終わった。100歳を超える年齢だったので、友人・知己の方々の大部分はこの世を去られているし、親類・縁者とも疎遠になっていて、会葬者はごく限られていたが、幸いに天候に恵まれて無事式を執り行うことができた。終わってほっとしたけれども、この間、あまりよく眠れなかったので、眠くて仕方がない。パソコンに向かっても、すぐに寝入ってしまうことを繰り返しているので、厚香苗さんの『テキヤはどこからやってくるのか?』の紹介は後回しにして、書き慣れたテーマでお茶を濁すことにする。

 NHKラジオまいにちフランス語入門編は、今年の4月から9月にかけて大木充さんを講師として『話せるフランス語~文法より実戦練習』を放送している。蒸し返しになるが、番組のテキスト7月号に兵庫県のある聴取者による「半年後にはペラペラになること」という目標を記した投書が掲載された。投書者は「万年初級者」と謙遜しているが、仏検準2級に合格しているというから、かなりの水準に達した学習者である。またペラペラになることについて、「夢ですね」とも書き添えている。それでも、気になるのは、この番組がそもそもCEFR(ヨーロッパ共通参照枠)のA1レベルを参考にしているとテキストに記されていることである。A1レベルは「ペラペラ」とは程遠い、自己紹介ができるという会話の基礎的な水準である。会話重視といっても、会話にもいろいろな水準があるのである。A1レベルは千里の道は一歩から始まるというその一歩である。(千里≒4000キロ、一歩≒70センチというように具体的に考えるとイメージがはっきりしてくる。)

 そんなことを書いたのも、どうもフランス語の勉強が停滞気味だからである。では、他の言語の勉強は捗っているかというとそうでもない。ドイツ語もイタリア語も同じように壁にぶつかっている感じである。ただ、壁にぶつかるそのぶつかり方が違っているということはあるかもしれない。フランス語の場合は口に出して練習することが億劫だというのが一番問題であり、イタリア語とドイツ語の場合は、もっと練習すればよいのだが、そうするつもりになかなかなれないということである。それぞれもっと熱心に口頭練習に励めばよいのだが、日本語との発音の違いが障害になっている。個々の単語の発音はできても、全体としてのイントネーションなど、練習を重ねるべき課題は多く、それらの課題に取り組む根性がなかなか坐らないということである。

 何度も繰り返し書いているが、私の場合、研究上の必要から勉強している言語と、趣味で取り組んでいる言語とがある。フランス語とラテン語は前者であり、イタリア語は後者である。(ドイツ語はどちらともいえないところがある。) 大学などで第二外国語を学ぶ場合、学術研究のため、ビジネス等の実用のため、観光など趣味的な理由のため、単なる教養など、色々な目的の学習が考えられ、それぞれに応じてどのような内容を優先するかに違いが出てくるはずである。私の学生時代は学級単位の授業で教材の選択や授業の目標は各教師が自由に設定していたが、授業の多様性を確保しながら、目標を明示して、学生による選択が可能になるように配慮すべきであろう。同じイタリア語の授業に観光目的と、料理目的と、ルネサンスの文化に興味がある学生とが混在するのも悪くはないが、その一方で、観光イタリア語、料理イタリア語、教養イタリア語の授業が設けられていることも必要ではあるまいか。

 ただ、大学の授業だけ、語学学校に通うだけ、ラジオ・テレビの放送を聴くだけでは上達はおぼつかず、それらを組み合わせて自分でメニューを作っていくことが必要である。個人指導を受けることも有効な方法には違いないが、適切な指導者に出会うかどうかということと、その指導者に払う謝礼の問題がある。語学の学習には運不運が付きまとうことは心得ておいた方がよい。私の語学は下手の横好きの域を出ず、たいていの言語はかじっただけで実用のレベルに達していないにもかかわらず、語学がよくできるという噂を立てられたり、教えてくれと頼まれたりして余計な面倒に巻き込まれる。これも運不運の内に入るかもしれない。

 これも蒸し返しになるが、外国語の履修の前には入念なガイダンスを行う必要があり、「世界の言語」とか、「国語、英語の中の外来語」とか、「発音の不思議」とか、「世界各国の言語の簡単な会話入門」といった授業を設けて、それも第2外国語の学習の一部(あるいは全部)とみなすようなことも考えてよいのではなかろうか。必要に迫られて勉強するにせよ、面白そうだからと思って始めるにせよ、外国語の学習にはできるだけ正しい予備知識があったほうがよいのではないかと思うのである。これらの授業によって、さまざまな言語についての具体的な予備知識を身につけることができればよいのではないか。さらにまた、履修できる言語はできるだけ多様で、その中から自由に選択できるようにしていくことが望ましい。そんなのは面倒だ、英語だけでいいじゃないか、というのならばそれはそれで結構である。何も考えずに現状を維持しようとするのが一番悪い。

 最近、興味深く感じた経験。最近、自宅の比較的近くに開店したインド料理店で店の人と話していて、彼は12の言語を話すといっていた。母語はヒンディーなのだが、インド国内のいろいろな言語ができて、英語も話せる。日本に10年以上生活しているので、一応日本語も話せるが、難しいですねえということであった。自分の置かれた環境の中で努力を重ねることが重要なのだが、やはり困難は付きまというということのようである。
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