「アイドル」再考

7月12日(土)晴れたり曇ったり、暑し

 ものを考えるときに、その際に使用する言葉の意味をしっかり押さえておくことが大事である。

 以前、夜、酒を飲んでいたら、会社員風の2人連れの男性が、上司が「アイドルのアイは愛情のアイだ!」という熱弁をふるったとかで、ぼやいているのが聞こえてきたことがある。本来の意味からはだいぶ外れてしまっているが、アイドルの語源は英語のidolで「愛情」とは何のゆかりもない。そんなことは知っての上で、部下にはっぱをかけるつもりで言ったのかもしれないが、意図を誤解されて、何と無知な上司だろうとかえって軽蔑される恐れもある。

 英語のidolの語源はラテン語のidola(idolumの複数形)で、これはさらにギリシャ語のeidolon(古典ギリシャ語には強くないので、辞書のままに、ローマ字で書いた)という言葉に由来し、もともとは「幻影」という意味である。それが転じて「偶像」という意味でも使われるようになったのだが、idolという言葉を物事を考える上でのカギになる概念として提案したのが英国のフランシス・ベーコン(1561-1626)である。彼は『ノヴム・オルガヌム』という書物の中で、人間の偏見や先入観がどのようにして生じるかを説明している。それには人間がもともともっている性質に基づくものと、個人や社会に原因が求められるものがあるというのである。

 「種族のイドラ」(the Idols of the Tribe, idola tribus)というのは人間の感覚の性質に基づく誤りで、太陽や月が地平線上では大きく見えるというような現象がその例である。人間は自然の性質上も誤ることがある存在であるという指摘は心に留めておくべきであろう。

 「洞窟のイドラ」(the idols of the Cave, idola specus)というのは個人がその経験にとらわれすぎておこる誤りを言う。個人の実体験を大事にするのはいいことなのだが、その人が体験したことがたまたま例外的な事例だったということもあるから、他人の経験も参考にして柔軟に考えていかなければならない。
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 「市場のイドラ」(the Idols of the Market, idola fori)というのは伝聞などによる言語の混乱に基づく誤りを言う。同じ言葉を使っていても、その言葉の定義が人によって違い、それで議論がすれ違うということはよくある。

 「劇場のイドラ」(the Idols of the theatre, idola thatri)というのは伝統的な権威に基づく考えや思考法を鵜呑みにすることから生じる誤り。地球は平たいとか、天動説を人々が長く信じてきたのはその例である。

 こういうことを言い出したベーコンが単なる学者先生ではなくて、法律家であり、政治家であった、顕職についたけれども疑惑に巻き込まれて地位を失った人だというのが興味深い。なにかというとすぐ「風評被害」と言い出す現在の日本の政治家に比べると何十等か高い知性を持った人物に思われるが、その彼でも政治の世界を乗り切れなかったのである。

 さて、アイドルの話に戻る。最近は、見かけなくなった日清食品のカップヌードルのCMで「この国の若者たちはアイドルとヌードルが好きです」という。日本語だと両者はうまく脚韻がそろうのだが、英語だと「idols, noodles」で脚韻がそろわない。多分、そのあたりも考えての遊び心で作ってみたのだろうと推測しておく。 
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