プルタルコス『エジプト神イシスとオシリスの伝説について』

7月9日(水)雨が降ったりやんだり

 引越しの後の荷物の整理でただでさえ落ち着かないのに加えて、台風の襲来で、朝のフランス語の時間の途中で急に台風による特別警報の放送が流れたりした。先行きが思いやられる。

 このブログで取り上げている書物については、荷造りの時に特別に配慮したつもりだったのだが、どこかに紛れ込んでしまって、まだ発見できないでいる。その代り、あれっ、こんな本をもっていたのかと思うような本が出てきたりするので、つり合いは取れている――などとのんきなことを言っている場合ではないのだが、プルタルコスの『エジプト神イシスとオシリスの伝説について』(柳沼重剛訳、岩波文庫、1996)を思いがけず荷物の中から見つけた。

 プルタルコスは紀元1世紀から2世紀の初頭にかけて生きていたギリシャの学者である。日本ではプルタークという英語読みの名前でよりよく知られている。もっとも、欧米の読書家たちが読んでいた(読まされていた)ほどに日本では彼の書物は読まれていないようである。この『エジプト神イシスとオシリスの伝説について』は彼の浩瀚な著作『モラーリア』(『倫理論集』と訳している人もいる)の一部であり、エジプトの主要な神々であるイシスとオシリスをめぐる物語としては「最古の文献であるばかりでなく、唯一の信頼できる典拠でもある」(205ページ)と「解説」で柳沼さんは書いている。古代のエジプト人たちが石碑やパピルスに膨大な文字を残したことを考えるとこれは奇妙なことである。詳しい詮索は専門の学者に任せることにして、エジプトの2人の(夫婦である)神々の物語はプルタルコスのこの書物を通じて広く知られることになった。

 子どものころ、野尻抱影の星や星座の伝説をまとめた本を読んでいて、この物語に出会ったことを思い出した。野尻は英文学者で、『鞍馬天狗』などで知られる作家・大仏次郎の兄弟である(兄だったと思う)。野尻がどんな形でこの物語を知ったのか、たぶん、英語で読んだのだろうが、あるいはひょっとして…などと考えるのも楽しい。野尻の影響で西洋の古典に興味を持ったという人は、意外に多いのではないかと思う。たとえ、彼が英語を通じてギリシア・ローマの古典に親しんでいたにせよ、その影響力は小さいものではなかったはずである。

 オシリスは万物を産んだ男神で、王としてエジプトの支配者ともなり、それまで野蛮で獣のような生き方をしていた人々を教育して、文明を与えた。ところが彼の兄弟であるセトは、彼の地位を奪おうとして、はかりごとを設けて彼を生きたまま棺の中に閉じ込めて、ナイル川に流した。オシリスの妹であり妃であるイシスは、その棺がフェニキアのビビュロスに漂着しているのを知ると、それを引き取ってナイル河口のブトに運んだ。セトがこれに気付いて、今度はオシリスの遺骸を14に切断してばらまいた。イシスはその遺骸の断片を探して各地を放浪し、息子のホルスの協力を得てオシリスをよみがえらせ、セトに復讐した。こうしてオシリスは死者たちを支配する神となり、さらにまた死んでまたよみがえる神としても尊崇を集めた。

 ナイル川とその河口、死と再生などエジプトらしい物語の展開とも思われるが、細かい点を見ていくと他の民族の神話と共通する要素も見いだされる。物語を紹介したのちに、プルタルコスは彼独自の解釈を試みる。興味深いのは、一方で神や超自然的な現象の存在を信じながら、他方で昔の物語の合理的な解釈を求めようとしている著者であるプルタルコスによる解釈である。プルタルコスの時代にはすでにキリスト教が多くの信者を隠していたはずであるが、彼の宗教観はもっと別の所に目を向けているようである。それでも、彼はローマが地中海一帯を支配し、様々な文化が交流・融合していた時代の人であって、それゆえに、より複雑に練り上げられた学識に基づいて神話についてもっとも知的な解釈を加えたと考えるべきである。

 書物の具体的な内容については別の機会に詳しく書こうと思うのだが、本日、NHKEテレの「100分de名著 ファーブル昆虫記』の第1回の再放送を見たのだが、番組中でファーブルがフンコロガシに対して抱いた興味が強調されていたのを思い出した。「武士階級の人々は黄金虫の印形をもっていましたが、これはこの虫がみな雄ばかりで雌がいないからです。この虫は糞を丸めてその中に子を産みますが、こうして産む場所を作っているだけで、この糞がこの栄養になるわけではありません」(28ページ)。フンコロガシが子どもを産むのはただ単に糞を丸めてその中に産むのではなくて、洋ナシのような形の球体を作って、こどもが呼吸しやすいようにするとか、子どもは糞を食べて育つとか、ファーブルが観察し、発見したこととプルタルコスの断定はかなり違っていることも頭に入れておいてよいことである。書物の後の方で、プルタルコスはフンコロガシについて「わずかながら何がしか、神々の力を連想させるものがみられるから大事にされる」(129ページ)とも書いていて、この虫について昆虫学者とは別の目を向けていることがはっきりするのだが、それはそれで興味深いことだと思う。
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