果しなき欲望

7月4日(金)雨が降ったりやんだり

 ラピュタ阿佐ヶ谷で今村昌平監督作品『果しなき欲望』(1958、日活)を見る。藤原審爾の原作をもとに今村と鈴木敏郎が脚色、浦山桐郎が助監督を務めている。

 終戦から10年たった年の8月15日、地方の駅に何人かの男女が降り立つ。ラーメン屋の店主である大沼、薬剤師の中田、やくざの山本、中学校の教師だという沢井、彼らは終戦の日に上官だった橋本中尉の下で時価6千万円になるというモルヒネを防空壕の中に埋めた仲間である。彼らはバッジを目印にお互いを確認するが、肝心の橋本が現われない。しかも、1人余計な男が現われる。駅前の交番の前でとっ掴み合いになるかというところに、橋本は死んで、その遺志を引き継いできたと自称する若い女志麻が現われる。

 町はすっかり様変わりしている。彼らがモルヒネを埋めた場所は商店街の中で肉屋が店を構えている。幸か(不幸か)そこから20メートルほど離れたところに空き店舗があり、大沼と志麻が夫婦を装い、不動産屋を開くということで店舗を借り受けようとするが、店主はなかなか承知せず、なかなか就職が決まらずにうろうろしている自分の息子を雇うことを条件にやっと貸すことを承知する。なぜか敷金が法外な額であり、男たちは自分たちの受け持ち分を融通するためにいったん解散することになる。…しかし、10年という決められた時よりも前に何度か下見にやって来たような男たちのことである。すぐに戻ってきて、地下の穴を掘りはじめる。大阪で山本が事件を起こして逮捕されたことが分かる。彼らはむしろ安心しているのだが…。

 「不動産屋」の社員に就職した家主の息子には恋人がいて、それが肉屋の娘である。しかもこの娘には、彼らが借りた店舗の隣に店を構える用品店の息子が同じく言い寄っていて、彼が「不動産屋」の動きを逐一観察していることが分かる。それだけではない、商店街は8月末をもって取り壊されることが決まる。しかも、取り壊しの作業中に、台風が襲来する。映画は画面を分割して地上で進む商店街の取り壊しと、地下で進むトンネルの掘削を同時並行的に描く。台風の場面など迫力がある(西日本の豪雨のニュースをTVで観た翌日ということを考えるとあまり気持ちの良いものではないが、この気持ちの悪さも今村の映画の持ち味である)。

 5人の男女はそれぞれを出し抜いて自分の取り分を大きくしようと企んでいる。しかし、そういう彼らの動きは、どこかで、誰かに見破られているのかもしれない。悪人だらけの中で善良そうに見える家主の息子を演じている長門裕之と肉屋の娘の中原早苗が、物語の進行の中での役割以上にクレジット・タイトルでは大きく扱われ、渡辺美佐子、殿山泰司、西村晃、加藤武、小沢昭一らの芸達者たちが実際のところ物語を支えている。まだまだ若い芦田伸介が刑事役で姿を現すのも見どころではある。トンネル仲間どころか、家主の息子まで誘惑して自分の意のままに動かそうとする渡辺の演技(ブルーリボン助演女優賞を受賞したそうである)も見応えがあるが、どうにもはっきりしない長門の性格表現と、はっきりしすぎる中原の対比もなかなかの見ものである。

 彼らの「店」を巡礼が訪れたり、大沼を演じている殿山泰司が時々、仏心を起こしたりする描写がその後の今村の映画作りにおける民衆文化・宗教に対する姿勢を予示しているようにも思われる。今村監督をはじめ、出演者の多くが既にこの世を去っている。これから、今村の業績がどのように継承されるかを見守っていきたいと思う。ところで、一昨年、今村の師匠である川島雄三の『グラマ島の冒険』を見たときには超満員だったこのラピュタ阿佐ヶ谷に今回は空席がみられたのは残念である。日本映画の旧作を見直し、評価しなおし続けることの重要さを改めて主張しておきたいと思う。
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