日記抄(6月25日~7月1日)

7月1日(火)晴れたり曇ったり

 6月25日から本日にかけて経験したこと、考えたことなど:
サッカーのワールド・カップで日本代表は残念ながら1勝もできずにグループ・リーグで敗退。日本を含むアジアの代表チーム全体でも1勝もできなかった。素人考えで判断できない問題ではあるが、黙って見過ごすこともできない気分である。
 ザッケローニ監督退任。イタリア語でのインタビューがどの程度聞き取れるのか、楽しみにしていたので、その点では残念である。後任人事によって、日本サッカーが何を目指すのかが明らかになることをとりあえず期待しておく。

6月25日
 テレビ朝日の「マツコ&有吉の怒り新党」で、合コンの席などで女性側から好きな芸能人は誰かと聞かれ、適当に人気女優の名前などを挙げると、理想が高い! 女芸人だったらいいのになどと、勝手に自分の性格を判断されてしまうのに腹が立つというのがあった。芸能人で誰が好きかというのは趣味・遊戯の世界の問題であって、まじめに取り合わないほうがいいのではないかとおもう(有吉が、相手によって答えが変わるといっていたのはその通りである)。そういえば、ある研究会の後の二次会で、好きなキャスター、女子アナウンサーは誰かという話題で盛り上がったことがあった。話題としてはこっちの方が面白いと思うのだが、どうだろうか。

6月26日
 NHKBSプレミアムで1959年の東映映画『風雲児織田信長』を見る。山岡荘八の原作で河野寿一の監督。『徳川家康』で知られる山岡であるが、信長、秀吉を主人公とする小説も書いている。信長を中村(のちに萬屋)錦之助、濃姫を香川京子、平手政秀を月形龍之介、斎藤道三を進藤英太郎、木下藤吉郎を中村賀津雄(のちに嘉葎雄)が演じている。信長役の実の弟が秀吉を演じているのが面白く、今川勢の侵攻を目前にして藤吉郎の仲介で信長が蜂須賀小六と手を結ぶ場面、桶狭間の戦いの勝利を清洲城下の人々が祝う場面など、山岡なりの歴史観が反映されているように思われた。

 昔、ある映画団体の事務局にいた女性が子どものころは錦之助のファンで、もう少し大人になったら裕次郎のファンになったと話していたのを思い出す。そういう人は少なくないはずである。東映俳優労組を立ち上げ、『真田風雲録』や『祇園祭』を製作・主演した錦之助と、石原プロモーション、『黒部の太陽』、『栄光への5000キロ』の裕次郎とでは世の中に対するスタンスがかなり違う。そういえば、大学の労働法の時間に片岡曻先生が錦之助と東映俳優労組の話をされていたのを今でも覚えている。法学部の講義は大部分理解不能であったが、片岡先生の話だけは面白かった。

6月27日
 越智敏之『魚で始まる世界史 ニシンとタラとヨーロッパ』を読み終える。漁業が航海と産業の発展にどのようにかかわったかを取り上げ、ニシンがハンザ同盟とオランダの繁栄を築き、塩ダラが大航海時代の幕を開けたと論じる。世界史を考え直す材料として興味深い話題に満ちた書物である。
 ハンザ同盟の中心都市の1つであったリューベックはトーマス・マンの『ブッデンブローク』の舞台であるが、ニシンの話は出てきたかどうか、記憶にない。英語のcodは日本のマダラやスケトウダラとは種が違うという。「今からは想像できないことだが、昔はウナギがいたるところにいたようだ」(215ページ)というのはヨーロッパの話であるが、亡父の話では昭和10年代の後半、山口県の防府市にいたころ、バケツ一杯のウナギをとったことがあったそうである。

6月28日
 三浦佑之 赤坂憲雄『遠野物語へようこそ』を読み終える。大学で教えていたころ、学生に対する課題図書の中に柳田の本を加えたことがあったが、『遠野物語』を読んだというだけでなく、実際に遠野に出かけたことがあるという女子学生がいたことを思い出す。本を読んだだけで、現地に出かけたことがない教師の私よりも、学生の彼女のほうが貴重な経験をしていたのであった。今、彼女の中でその経験がどのような意味を持っているのだろうか。

6月29日
 佐藤留美『資格を取ると貧乏になります』を読む。頑張っている人が報われる社会を作りますと政治家は言う。しかし、この書物はそれとは全く逆になりかねない社会の動きを描いている。
 学生時代に、ある科目の試験を受けていたら、受け持ちの先生が受験者で、学芸員や図書館司書の資格を取るためにこの科目を履修しているものは、答案にその旨記載するようにと指示された。わたしは、関係がなかったので、とにかく答案に形をつけようと悪戦苦闘していた。ところで、その先生は既に提出されていた答案を手に取られて、「ぼくは考古学専攻の学生です。学芸員の資格を取るためにこの科目の単位が必要です。ぜひ、単位をお願いします…そういうことのために指示したわけではない」といわれたので、場内に笑いがこぼれた。そういわれたことに本人は多分、気付かないままだろう。案外、うるさいことを言っておいて、先生はこの答案を書いた学生をぎりぎりの所で合格させたのかもしれない・・・と思う。なお、私はABCのBで合格していた。

6月30日
 地下鉄に乗っていたら、『週刊現代』の中吊り広告の見出し「ああ、かわいそうな中国」というのが目についた。歴史上、「かわいそうな」という形容をされ続けてきた国は、三十年戦争で国土が荒廃し、分断されたドイツである。その場合とこの場合とでは「かわいそうな」といっても意味が違うようである。もっとも、我々日本人も、他人の心配をしている場合ではないと思うのだが…。

7月1日
 NHKまいにちドイツ語で、最近では気軽な挨拶としてHallo!がよくつかわれるという話題が出た。年長者である講師のクナウプさんは、やたらとHallo!を使うことに抵抗があるといい、パートナーである若いシュテフェンさんは抵抗がないといっていた。鴎外の短編「木魂」は少年が「ハルロー」というと、木魂が返ってくるという話であるから、昔からこの言い方はあったのだろうか。なお、英語ではHello!である。

 まいにちフランス語で、テキストに書かれているが、放送されなかった個所であるが、フランス語の数には10進法と20進法が混じっている、これはフランス語の歴史と関係があるという話が紹介されている。フランス語は、ケルト人(ガリア人)のケルト語、ローマ人のラテン語、ゲルマン民族のゲルマン語の3つの言語が混じって誕生した言語である。フランス語にquattro-vingts(4×20=80)というように20進法が混じっているのは、ケルト語の影響であるという。20を一つの単位とする考え方はいろいろな面に見られ、例えばフランスでは試験の満点は100点ではなく20点であるとのことである。
 ということになると、英語にも20進法が混じっていてもよいと思うのだが、そうなっていない。なぜ、そうなっていないのかの説明を探していこうと思う。 
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 彦根のご出身でしたか。これもご縁ですのでよろしくお願い致します。私は、実は大阪生まれで、故あってこちらで過ごすことになりました。不思議な縁(えにし)です。
 この日記抄読ませていただきました。とても含蓄があり、それぞれ面白いですね、感心しました。中村錦之助ってそういう人だったんですか?知りませんでした。東映の時代劇はよく観たのですが。
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