ダンテ・アリギエリ『神曲 地獄篇』(2)

6月23日(月)雨が降ったりやんだり

 『神曲 地獄篇』第2歌は4月8日の夕暮れ、古代ローマの詩人ウェルギリウス(の霊)によって危機を救われた主人公である語り手のダンテが、なぜ彼と自分とが彼岸の世界を巡歴しなければならないかをたずね、その回答をえるというやり取りから構成されている。

日が落ちていき、黄昏の暗い大気は
地上にいる生きとし生けるものを
その営みから解放していった。ただ一人、私だけは

苦難の道とそこに待ち受ける苦悩を相手に
戦う準備をしていた。
これからそれを紛うことなき記憶が語っていく。

詩の女神たちよ、わが高き知性よ、さあ、私を助けたまえ。
私が見たものを記した記憶よ、
ここにお前の真価を見せよ。
(第2歌1~9行、40ページ)

 第1歌が『神曲』全体の序歌であり、第2歌はその中の『地獄篇』の序歌という位置づけになっていると原さんは解説している。古代の叙事詩は詩の女神たちに対する呼びかけによって始まることを考えると、その呼びかけが第2歌におかれていること、さらに詩の女神だけでなく作者自身の知性と記憶にも詩想の源が求められていることなどがこの作品の思想的な新しさと考えられる。またキリスト教的な詩でありながら、異教の詩の女神も念頭に置かれていることも注目されてよいのではないか。

 ダンテはウェルギリウスに向かって、なぜ自分が彼岸の世界を巡歴しなければならないのか、またなぜウェルギリウスがその導き手となるのかを質問する。ウェルギリウスは英雄アエネーアースがトロイアの滅亡後イタリア半島まで放浪の旅を重ね、ローマの建国の祖となる過程を描いた叙事詩『アエネーイス』の作者であり、その中でアエネーアースは彼岸の世界に旅をして、自分たちと自分たちが築くことになる都市の未来についての予言を聞いている。ダンテはどのような使命を帯びて、彼岸の世界を旅しなければならないのだろうか。

 これに対してウェルギリウスは詳しく答えず、聖母マリアの意を受けた聖女ルチーアに促されて<神の恵み>ベアトリーチェが彼にダンテを助けるよう命じたとだけ述べる。ベアトリーチェはダンテが以前に発表した作品『新生』のヒロインであり、フィレンツェの名家の娘であるベアトリーチェ・ポルティナーリ(1266-90)と同一視されてきたが、現在の研究では純粋に詩的な存在と考えられているそうである。そして、ウェルギリウスは
あれほどの聖なる貴婦人が3人も
空の宮廷でお前のことを思っていてくれるのに、
そして私の言葉もお前に素晴らしい善を約束しているのに
(第2歌124-126行、52ページ)なぜためらうのだとダンテに旅立ちを促す。

可憐な花が夜の冷気に
しおれて下を向いていたのが、太陽にあたって白く輝き、
すっくと起き上がって大きく花を開かせるように、

打ちひしがれていた私は気力を取り戻した。
(第2歌127-130行、同上) そして

果てしなく険しい歩みへと私は進んだ。
(第2歌142行、53ページ)

 原さんによると、国家間・都市間の抗争と都市の内部での紛争が続く中で、平和を希求していたダンテはその実現者としての復活されたローマ帝国に希望を託し、そのローマの建国の叙事詩の作者であるウェルギリウスを自らの導き手として登場させたというのである。聖なるものと俗なるものを分離して、教会が世俗的な世界に介入することに反対する考えがダンテにはあったと原さんは論じている。政教の分離は現代の社会においても大きな問題であるが、ダンテは中世の文脈の中でその可能性について論じていたことになる。

 第3歌からダンテはウェルギリウスに導かれて本格的な地獄の旅をすることになる。

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