石井好子『バタをひとさじ、玉子を3コ』

6月22日(日)雨が降ったりやんだり

 昨夜、石井好子『バタをひとさじ、玉子を3コ』(:河出文庫)を読み終えた。石井好子(1922-2010)は戦後アメリカ経由でフランスにわたって音楽の修業を積み、パリでシャンソン歌手としてデビュー、帰国後は歌手として活躍しただけでなく、石井音楽事務所を主宰して、岸洋子、芦野宏、加藤登紀子、田代美代子らの歌手を発掘・育成し、また海外から多くの音楽家を招へいし、世界の様々な音楽の普及に努めた。一方、『巴里の空の下オムレツのにおいは流れる』をはじめとする、世界の料理と食生活、文化についての多くのエッセーを書いた。

 『巴里の空の下オムレツのにおいは流れる』が有名になってしまい、石井さんというとオムレツが連想されるほどになったが、オムレツが好きなのはむしろ著者ではなくて日本人全般ではないかという。石井さんが『巴里の空の下』で書いたのは、パリで歌っていたころの下宿のマダムがたくさんバタを使ったオムレツを使ってくれたのがおいしかったということだけだという。オムレツの「玉子は1人前2個で、立派な、大きいのを作りたいときは3個使うとよい」(12ページ)。「オムレツとかつお節」と題する冒頭のエッセーでは、ここからパリ仕込みのオムレツの作り方が紹介されている。

 「デパートの中をぶらぶらしていたらすれ違った女子学生が腕をつつきあってあの人、ほらテレビや雑誌に出てるじゃないといいあっている。長いこと歌手生活をしているからそのようなことには馴れているのだが『そうそう料理の先生よね』という次の言葉をきいたときはふき出してしまった。電子レンジのコマーシャルに出ているのでそれを見た人達なのだろう。
『料理の先生か』とおかしかったのだが心の奥では『別の料理の大家でもないのにそんなこと思われていやだな』という気持ち。28年歌ってきたのに歌手だと思われなかったちょっとした残念さ。そんな気持ちが混じっていたと思う」(27ページ)と記す。自分は音楽家であって料理は素人であるという自覚に貫かれており、それが「料理というものに決まりはないのだから、いろいろ工夫して、自分の口にあう」(13ページ)料理を作ればよいという考えにつながっているようである。それに加えて、「戦争中、戦後に娘時代を送った私は、パリで暮らすようになるまで料理らしい料理をしたこともなかったし、食べ物に興味を持てるような生活を送ったこともなかった」(238ページ)という経験も忘れがたいものとなっていたのであろう。

 石井さんが生前各種の新聞や雑誌に書いていたエッセーを手元に残しておいたものを、死後に編集者がまとめたものであり、世界各国の料理について、またそれを食べて生活する人々について興味深い話が綴られている。パリでの自炊生活の思い出、パリのキャフェのこと、秋になると野鳥料理を楽しむヨーロッパの人々、女4人でひたすら食べまくったイタリア旅行、ポルトガルの家庭料理、ニューオーリンズのカーニバル、海外のことだけでなく、父親の郷里である久留米をはじめとする九州、そして日本各地の料理についても様々な思い出が綴られている。パリのキャバレーで石井さんが歌っていたころに同じ店で働いていた女性たちの群像を描く「パリで一番のお尻」には食べる喜びではなく、レストランでの会話を通じて人生のいくつかの断面がアンデルセンの『絵のない絵本』風に語られている。これはこれで十分に面白いが、全体としてのまとまりに欠け、また主題がもう少し掘り下げられていればもっと面白かったのにと思われる内容のものも少なくない。条件さえ整っていれば、もっと面白い本が出来上がったのではないかと少し残念な気持ちもする。

 1973年に亡くなった元横綱の東富士関のこととか、1981年に亡くなった父親の光次郎氏とのことも出てくるので、かなり古い時代の話も少なくないようであるが、「日本人は、お魚の食べ方は、世界一といってよいほど上手だが、牛肉の食べ方は下手である。その反対に、フランス人は、牛肉の食べ方が上手で、魚の食べ方は下手だ」((237ページ)という比較が今も正しいかどうか、観察してみる価値はあると思う。さらに「私たちも国際的に世界の人々を相手どって仕事をしていかなくてはならぬ現在、食生活も大いにフランス人をみならって偏見をなくしてバリバリと今までたべなかったものをたべなくてはいけないと思う」(241ページ)というのも傾聴すべき意見ではないかと思う。
スポンサーサイト

コメントの投稿

管理者にだけ表示を許可する

プロフィール

Author:tangmianlaoren
FC2ブログへようこそ!

最新記事
最新コメント
最新トラックバック
月別アーカイブ
カテゴリ
検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QR