ダンテ・アリギエリ『神曲 地獄篇』

6月21日(土)晴れたり曇ったり

 ダンテ・アリギエリ(原基晶訳)『神曲 地獄篇』(講談社学術文庫)を読み終える。

 『神曲』は西暦1300年の復活祭に、フィレンツェ出身の詩人ダンテ・アリギエリが地獄、煉獄、天国という彼岸の世界を旅して神に出会うまでを描く叙事詩である。はっきりした記憶はないが、これまで2度か3度、地獄篇は読んだことがあり、煉獄篇も1度か2度読み通したが、天国になると根気が続かなくなって、全部を読み通したことはない。今回の原さんによる翻訳の企ては、これから煉獄篇、天国編と続くのであろうが、全部を読み通すことができるか、気になるところである。

 ダンテのこの書物は「キリスト教的世界観によって全宇宙を1冊の書物に封じこめ、壮大な宇宙を微細な部分まで精緻に描き上げた」(618ページ)と評価されてきた。むかし、遠山啓の『数学入門』(岩波新書)を読んだときに、ダンテはその当時としてはすぐれた数学者でもあったという記述がされていて、興味を喚起された。『神曲』の中でダンテはプトレマイオスの天動説に従って宇宙を説明し、地獄は地球の中に、煉獄は普通の人間では到達できない南半球にあり、天国は地球を取り巻く惑星や恒星の世界にあるとしている。その程度のものかと思ってはいけない。当時にあってはプトレマイオスの天体学説が最高水準の天文学であったこと、ダンテが少なくとも地球が丸いということを信じていたことを付け加えておく必要がある。さらに地獄篇34歌、煉獄篇33歌、天国篇33歌、合計100かという『神曲』の構成にも彼の数字へのこだわりが感じられる。

 全体の序にあたる第1歌で、詩人は
我らの人生を半ばまで歩んだ時
目が覚めると暗い森の中をさまよっている自分に気づいた。
まっすぐに続く道はどこにも見えなくなっていた。
(第1歌1-3行、26ページ)と歌い始める。1300年の4月7日の夜、翌日は復活祭の聖金曜日という時に、彼はどのようにして迷い込んだのかわからないまま、暗い森の中をさまよい、ある丘の麓にたどり着くと、朝日が昇るのに出会う。

疲れた体を少し休ませた後、
荒れ果てた人気のない丘の麓を再び登りはじめ、
低い方の足を常に体の支えにしていた。
(第1歌28-30行、28ページ) その彼の目の前に雌豹、続いて獅子、さらに雌狼が現われて彼に恐怖を与える。窮地に陥っていた彼の目の前に不意に「長い沈黙ゆえにかすれて見える」(32ページ)姿が現われる。彼は古代ローマの詩人ウェルギリウスであった。ダンテは「詩の大河が流れ出す/…源」(33ページ)である詩人との出会いを喜ぶ。ウェルギリウスはダンテが、元に戻るのではなく、彼岸の世界へと旅をしてすべての罪を知り、人類に新しい贖罪をもたらすため神の言葉を伝えるように告げる。帝政ローマを象徴するローマ帝国第一の詩人ウェルギリウスは理性のアレゴリーとして、地獄と煉獄の旅の案内人となる。

そこで彼は歩きはじめ、そして私は後ろについていった。
(第1歌136行、38ページ)

 ダンテが『神曲』を執筆したのは1307年以後のことであるというので、わが国で言えば鎌倉時代の末期に書かれた書物ということになる。『徒然草』とほぼ同時代か、それよりも少し前、これから『太平記』の描く時代が始まろうかというころのことである。『神曲』が「俗語」であるトスカナ方言によって書かれ、『太平記』が漢文崩しの文体で書かれているというような点も興味深い比較の対象となるが、それ以上に両者がともに政治のあり方を問題にしているという点が注目されてよいのではないかと思う。もちろん、片方は空想の翼をはばたかせ、抽象的な思索を凝らして書かれ、もう一方は歴史的な事実に即して物語を展開しているという違いはある。しかし『太平記』にも幻想的な場面は登場するし、『神曲』にはダンテの同時代の歴史的な事件が投影されていることも見逃せないのである。

 『神曲』の日本語への翻訳として代表的なものとしては、山川丙三郎、壽岳文章、平川祐弘の業績が知られている。これらの翻訳の特徴と問題点については、原さんによる「新訳刊行にあたって」(618-633ページ所収)に詳しく論じられている。その他、解説も行き届いていて、わかりやすい翻訳であり、叙事詩としての性格にも配慮がされているので、さらに今後の『煉獄篇』『天国篇』の刊行にも期待がもたれる。実際問題として『地獄篇』が一番面白いことも否定できないのではあるが…
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