日記抄(6月11日~17日)

6月17日(火)晴れたり曇ったり

 「日記抄(5月28日~6月3日)」の5月28日の項で触れた近所の寺に「人知れず微笑まん」という言葉が掲げられている。1960年6月15日にこの日最高潮に達した日米安保条約改定反対闘争の抗議行動中に落命した樺美智子さんの遺稿集の題名である。

6月11日
 1963年のこの日、芝の日活アパートで肺性心のため川島雄三監督が急死。筋萎縮性側索硬化症のため歩行困難な中で監督活動を続け、最後の作品となった『イチかバチか』の公開5日前のことであった。
 川島の「『赤坂の姉妹』より夜の肌』で、川口知子の演じる三人姉妹の三女が信州から上京してきたその足で、国会議事堂前に向かい樺さんに献花しようとして警官に場所が違うよといわれる場面が記憶に残っている。当時、赤坂は料亭政治の中心地であった。映画の中で料亭の女主人に登りつめる長女の淡島千景が妹たちに向かって姉妹で力を合わせてといえば言うほど、3人の生き方はだんだん遠ざかっていく。この作品や中平康の『あいつと私』のような、ごく通俗的な映画にも安保闘争が影を投げかけていることが注目される。

 NHKBBSプレミアムでノーマン・ジュイソン監督(1926-)の『シンシナティ・キッド(The Cincinnati Kid)を見る。ニューオリンズを舞台に若く野心に燃える賭博師が第一人者に対しポーカーの勝負を挑む。若いギャンブラーにスティーヴ・マックィーン、老ギャンブラーにエドワード・G・ロビンソン。リチャード・ジェサップの原作をリング・ラードナー・ジュニア(1915-2000)とテリー・サザーン(1926-85)が脚色。もともとはサム・ペッキンパーが監督する予定だったが、ジュイソンに変更、原作の舞台はセントルイスであったのが、映画ではニューオリンズになっているそうである。ハリウッド・テンの1人として長くアメリカでは公式の仕事の機会を奪われていたラードナー・ジュニアが本格的に復帰した最初の作品であり、『博士の異常な愛情』、後には『イージーライダー』などの脚本を書いたサザーンとの仕事はいわば新旧の協力作業である。若いギャンブラーが野心に満ちて落ち着きがないのに対し、老ギャンブラーは胡散臭いところはあるが礼儀正しく、周囲の人間への配慮を怠らない。「人間力」ともいうべきものの違いが勝敗にかかわってくる。ロビンソンの老ギャンブラーの演技に加えて、両者の対決の際にカードを配る役のレディ・フィンガーとあだ名される女性を演じているジョーン・ブランデルの演技が高く評価されているらしい。作品の編集を手掛けているのが後に監督として活躍するハル・アシュビー。作品の出来栄えはもう一つというところなのだが、ところどころに新しいアメリカ映画の胎動が感じられ、ニューオリンズの描写も興味深く(行ったことがないので、どの程度町の雰囲気をとらえているかはわからないのである)私にとっては愛着の残る作k品である。ジュイソンの本領発揮はこの後の『アメリカ上陸作戦』からということになるだろうか。リング・ラードナー・ジュニアと同じ年の私の亡父が、ニューオリンズに一度行ってみたいといっていたのを思い出す。ジャズの愛好家だったのである。

 NHKラジオ「まいにちイタリア語」の再放送の時間の前に放送されている『まいにちロシア語』の終わりの方での雑談で、日本の小学校の多くの教科書で教材として採用されている「おおきなかぶ」の話題が取り上げられていた。アレクサンドル・アファナーシエフ(1826-1871)の民話集の中に収められている話であるが、ロシアでももちろん親しまれている話だという。

 テレビ朝日の「マツコ&有吉の怒り新党」の中で『東京出身』といってもいろいろな場合があるという話題が語られていた。これは東京以外の都市についても言えることである。特に町村合併の結果、多くの都市が複数のアイデンティティを抱えているようになっているので、ひとくくりにして考えるのはますます不適切になっていると思う。

6月12日
 NHKラジオ「まいにちフランス語」応用編「作家とともにパリ散歩」ではバルザックの『ランジェ公爵夫人La Duchesse de Langeais(1834)」から「失われたパリの貴族街、フォーブール・サン=ジェルマン」について取り上げた。16世紀にはフォーブール・サン=ジェルマンはまだパリの中には入っておらず、パリの城壁の外という意味の「フォーブール」が地名に入っているのだそうである。17世紀になるとこの地区の開発が進み、広い館と庭が確保できることもあって多くの貴族が移住してきたのだそうである。現在、この一帯は官庁街になっているが、国民議会の建物はむかしのブルボン公の邸宅であり、首相官邸も貴族の館だった建物がそのまま使われているのだそうである。

6月13日
 NHKラジオ「まいにちフランス語」応用編「作家とともにパリ散歩」ではネルヴァルの『散歩と回想(Promenades et souvenirs)」から「拡大するパリとモンマルトルの丘」という話題を取り上げた。モンマルトルがパリ市に組み込まれたのは1860年のことであり、それまではパリから独立したモンマルトル村であったという。同じようなことが東京やロンドンでも起きてきたのである。

 日本テレビの「PON!」にゲストとして登場した向井理さんが最近バーベキューにはまっているという話題が出てきたので、6月2日~4日のNHKラジオ「まいにちドイツ語」で登場したMein Hobby ist Grillen. (私の趣味はバーベキューです。)という表現を思い出していた。外来語を使わずに、自前の表現を心掛ける傾向がドイツ語の特色の一つではないかと思う。

6月14日
 NHKの「生活笑百科」で司会の笑福亭仁鶴師匠が「日本一のコメディアン、辻本英雄さん」と紹介しておいて、「日本一」というのは「日本橋一丁目に住んでいる」という意味だという種明かしをした。東京の橋は「にほんばし」、大阪の橋は「にっぽんばし」である(これは以前にも触れたという記憶がある)。

6月15日
 NHKEテレ「日本の話芸」で桂福団治師匠の落語「ねずみ穴」を視聴する。父親が死んだときに身代を半分ずつ分けた兄と弟の、兄は大坂で商人として成功し、弟は財産を使い果たす。援助を求めてたずねてきた弟に兄は商売のもとでとして3問の銭を渡す。いったんは腹を立てた弟であったが、これを元手にして次第に財産を築き、古着屋の店を構えるようになる。そして再び兄のもとを訪れると、兄は弟に自分の本心を打ち明けて、ねんごろにもてなすのだが… 上方と東京とで話の展開に大きな変化はない。福団治師匠の口演では、兄の家の番頭がよく気がつき、人情味のある性格に、弟の家の番頭がうるさく言ってもなかなか仕事をしない小ずるい怠け者に描かれているところがなかなか面白いと思った。

6月16日
 NHKBSプレミアムで小林旭主演の『渡り鳥 いつまた帰る』を見る。今回は佐渡が舞台で、こまどり姉妹が2回顔を見せている。旭を追いかけている女性役の中原早苗の演技がなかなか良かった。

 NHKラジオ「まいにちイタリア語講座」の再放送の直前のロシア語の時間の雑談でロシアの民話に出てくるバーバ・ヤガーと日本の山姥の比較論が話題になっていた。バーバ・ヤガーについてはプロップの『魔法昔話の起源』の中で詳しく考察されている。

6月17日
 NHKラジオ「まいにちドイツ語」の入門編で
Wo ist denn mein Kuli? (僕のボールペン、知らない?)
Wo ist mein Wörterbuch? (私の辞書はどこ?)
という文が出てきた。KuliはKugelschreiberの短縮形でKugelはボール、schreiberは書くものである。またWörterbuchは言葉の本ということで、ここでもドイツ語が安易に外来語に頼らずに自前の造語をしていくという例がみられる。

 会話というのは単に言い回しを覚えればよいというものではなく、相手の気持ちや考えを読むことが含まれてくる、言葉を学ぶことは人間を学ぶことでもあるという発言が印象に残った。

 「まいにちイタリア語」の直前のロシア語の時間でまたバーバ・ヤガーの話題が出た。ヤガーの子分とされるのがカエルとクロネコと蛇だそうである。この3者はロシアでは不吉なものとして気味悪がられているらしい。
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