ブルージャスミン

6月14日(土)晴れ

 渋谷BUNKAMURAル・シネマ2でウディ・アレン監督の『ブルージャスミン』を見る。

 ニューヨークで何不自由もない豊かな生活を送っていたジャスミンは突然すべてを失い、サンフランシスコに住む妹のジンジャーのもとに身を寄せることになる。無一文になったはずなのにファースト・クラスの航空席に乗り、隣に座り合わせた老女に身の上をぺらぺらと語る。老女の方は全く物語を聞くつもりはなかったというのである。

 映画はその後のジャスミンの身の上の成り行きと、彼女がそれまでのセレブ生活をなぜ失ったかという過去の物語とを並行して語ってゆく。ジャスミンは本名ではなく、もともとはジャネットという名であったこと、ジンジャーとの血縁関係はなくて、2人とも里子であったのだが、遺伝子が優秀であるジャスミンの方が里親にかわいがられていたために、早くジンジャーが家出していたこと、ジャスミンが大学を中退して結婚し、そのためしっかりした学歴も職歴もないままであること、夫というのが株式と不動産の投資で怪しげな稼ぎを繰り返しており、ジンジャーと前の夫が宝くじであてた20万ドルを元手に起業しようと相談を持ち掛けたときに、怪しい投資を勧めてその金を失わせていたこと、ジャスミンに隠れて夫が浮気を繰り返していたことなどが過去の物語として語られる。

 ジャスミンは妹の新しい恋人が持ってきた歯科医師の受付の仕事をしながら、コンピューターの講座に通い、そこで知り合った女性の勧めでパーティーに出かけて野心的な外交官と知り合い、再起のチャンスをつかむ。同じパーティーでジンジャーも新しい相手に出会ったかに見える。

 ジャスミンはブランド品で身を飾る一方で精神安定剤を切らしたことがなく、その一方でアルコールも常用している(かなり危険な状態である)。独り言を言う癖があり、何かあると震えが止まらなくなる。ジンジャーの新しい恋人の友達からも、勤務先の歯科医師からも言い寄られるのだが、相手にしない。適当にじらしながら、気持ちをつなぐということができない(そういうことができる相手からは言い寄られないということなのかもしれない…)。ジンジャーの方はスーパーで働いて2人の子どもを育て、血のつながらない姉のことを何かとかばうだけの逞しさを備えている。セレブだったジャスミンの夫の浮気についてみぬいて忠告をするし、再起についてもいろいろと援助をする。

 考えてみるとウディ・アレン監督の作品を40年以上の期間にわたって同時代的に見続けている。何を置いても彼の作品を見るというような熱心な観客ではないが、その才気には敬意を払ってきたつもりである。初期の作品に比べて発想の奇抜さのようなものがなくなったかわりに、現実を観察する目が鋭くなってきているように思われる。この作品ではニューヨーク(過去=東海岸)とサンフランシスコ(現在=西海岸)とが対比して描かれている。観客の側ではサンフランシスコには独特の魅力があるという印象をもつ一方で、ヒロインは西海岸を恋しがっている様子である。テネシー・ウィリアムズの舞台劇を映画化した『欲望という名の電車』によく似た物語の展開なのだが、アメリカの社会に消費者原理が浸透する中で、人々の精神の荒廃が進行していることが物語に新しい雰囲気を与えている。あまり同情できないような性格と個人史をもっているヒロインであるが、自分の見たくないものを見ないというだけでなく、なかなか気づきにくくなっているところにちょっとしたかわいさも覗かせているというのは同情的過ぎる観方であろうか。疑獄事件にかかわった政治家の夫人がそのことを理由として離婚する例はないが、夫の不倫については騒ぎ立てるのはなぜかという疑問を佐藤愛子さんが取り上げていたが、ジャスミンの場合も同じようなものであるのはどういうことであろうか。目に見えて浮き沈みの激しい(というより物語の中でどんどん沈んでいく)ジャスミンを演じているケイト・ブランシェットがこの作品でアカデミー主演女優賞を得たというのも肯けるところではある。
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