100分de名著『遠野物語』(2)

6月13日(金)晴れたり曇ったり、一時雷が聞こえた

 大学に入学して間もないころ、柳田の『遠野物語』の角川文庫版を買ってきて読んだことを思い出す。小学校時代、戦後教育の展開の中であたらしく設けられた教科である社会科に期待を寄せた柳田が中心となって編纂した教科書を使っていたか、身近でこの教科書が使われている環境にいたか、詳しいことは記憶にないが、とにかく、柳田が尊敬すべき学者であるという意識を身につけていた青年として当然の読書であった。

 詳しい内容は記憶にない一方で、ひどく感動したという印象が残ったのは、結局柳田の文章に引きずられたのであろうと思う。石井正己教授を中心とする今回の番組でも柳田の文章の力について強調している。
 此話はすべて遠野の人佐々木鏡石君より聞きたり。…鏡石君は話上手には非ざれども誠実なる人なり。自分も亦一字一句をも加減せず感じたるままを書きたり」(16ページ)と『遠野物語』序文に記されている。方言の抜けない語り口の佐々木の語る物語をそのままに記したのではなく、「強い感受性をもって、精魂込めた文章による作品を主体的にまとめた」(18ページ)のである。

 柳田が選んだのは、雅文調の文語体であり、これは既に流行遅れになりかかっている文体ではあったが、この文体は物語の対象とする出来事を記すのにふさわしいものであったことも否定できない。(この当時の報道文の類が「漢文脈」で書かれていたことについては齋藤希史さんの研究があるのは、既に取り上げたとおりである。日記や覚書の類はこの時代にあっても文語体で書かれるのが普通であったのではないか。) 過去の出来事を記す際に、自分で見たのか、それとも伝聞なのか、それらのことを精妙に書き分けることができるのが文語文の特徴である。

 物語には、柳田が遠野を訪問した時のことも記されている。彼は実際に遠野へ行くことで、佐々木に聞いた話の基盤を眼前の光景から探ろうとしたのであろう。「しかし、神々はもちろん、妖怪や幽霊も登場しません。佐々木の語った話の世界はきわめて精神的なものであり、旅人がみた現実の遠野の風景の間には大きな落差があったのです」(23ページ)。

 にもかかわらず、柳田は自分が目で見た光景よりも佐々木から聞いた物語の世界こそが事実だという。『遠野物語』の世界では嘘か本当かという二分法は成立しない。生と死との境界すらも曖昧である。死者と交流したり、死の世界との境界を超えて往来したりできる、そうした事柄についての語りを否定せずに受け止める精神的な世界が現実のものとして示されるのである。

 「ここにはおそらく自然主義に代表される、同時代の文芸に対する批判がこめられています」(25ページ)と石井さんは論じる。都市の住人である作家たちの描く日常の卑近な題材よりも、農村のごく普通の人々が語り継いできた世界の方がはるかに現実的であり、普遍性をもつのではないか――という批判だという。藤村の『夜明け前』を読んでみれば明らかなように、自然主義の作家たちが直面した現実というのは固有の過去の集積を背負ったものであり、石井さんが論じるほどに軽佻なものではないと反論できることを指摘しておこう。

 それでは、『遠野物語』で語られる「目前の出来事」「現在の事実」とはどのようなものか。番組ではまず旧家で祀られているオクナイサマという神様が田植えの際に小僧の姿で手伝ったという話(15話)を取り上げている。神様が小僧の姿で田植えを手伝うというのは合理的な精神からすればありえないことであるが、神像の腰から下が泥にまみれていたという「事実」がこの話が本当にあったことの証拠となっている。しかも、この神像は現存しているのである。

 『遠野物語』には一方で58話で紹介されているような「河童駒引」(番組とテキストでは言及されていないが、この問題をめぐっては石田英一郎の名著がある)の説話が、他方で旧家の女性が河童の子どもを産んでしまい、それを殺して埋めた(55話)、捨てた(56話)という説話が収録されている。後者ではいったん捨てた子どもを売って見世物にしようかと思いなおすという貨幣経済の時代の新しい心性が現われている。石井さんはこれらの物語が「子殺し」「間引き」の記憶を背景にして成立しているという。前回、『遠野物語』についての泉鏡花の論評について触れたが、若い女性が恋人に化けた狸の子どもを産んだという落語があって、河童と狸の違いはあるが、この種の説話が農村に固有のものではないことも考えられてよかろうと思う。

 柳田が子どものころに子どもを間引いた母親が奉納した絵馬を見てなぜに農民は貧なるやという問いを発し、それが生涯の問いになったという話はよく知られている。現代にあっても、少子化が問題にされる一方で、若者の生活、特に子育ての上での困難が政策の課題として十分に取り組まれているとはいいがたいし、家族が抱えている深い闇の部分というのは依然として残っているようである。『遠野物語』はある農村で起き、語り継がれてきた出来事を(必要な部分については固有名詞を伏せてはいるものの)そのまま語っている。柳田が村をめぐる否定的な出来事までも詳しく書いてしまったことを配慮する発言をしている一方で、佐々木はこの書物によって遠野が有名になったことを喜ぶ趣旨の手紙を書いている。石井さんはそれぞれの立場がこの書物の性格と深くかかわっていると指摘している。つまり、この書物を理解しようとする際に、一方をとり、他方を捨てることはできないのである。

 大学入学直後に『遠野物語』を読んで「感激」したにもかかわらず、私の大学生活は柳田とはあまり関係のない方向に展開した。わずかに、このテキストで触れられている(実際の放送では省略された)1958年に遠野にフィールド調査に出かけた2人の研究者、加藤秀俊先生と米山俊直先生の両方の授業に出たくらいのところである。とはいうものの、両先生とも、授業の中で遠野での調査については語られたことがなかった(先生というのは自分の知識や経験のすべてを語るものではないから、教わる側でもそれなりに勉強して、うまく話を聞きだす努力をすべきなのである)。
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