『太平記』(3)

6月7日(土)雨

 昨夜ゆっくり休んだことで大分体調が回復した。大雨になったので、終日閑居。

 『太平記』の続き:
 北条高時の失政によって鎌倉幕府の勢威に翳りが見えたころ、文保2年(1318)年に31歳で即位された後醍醐天皇は、記録所を再興するなど意欲的に政務に取り組まれ、すぐれた皇子にも恵まれて朝廷の政治が回復する兆しが見え始めた。

 天皇は中宮の嬉子に皇子が生まれないことから元享2(1322)年ごろから各寺院の有力な僧侶たちを呼び寄せて、中宮懐妊の法を行わせられた。その中でも特に天皇から信頼を受けていた僧侶は法勝寺(天台宗)の円観上人と、山科の小野の隋心院(真言宗)の文観僧正であった。法を行う様子を見ているとどんな困難も克服できそうに思われたが、中宮のご出産の様子はない。後でわかったことであるが、ご懐妊を祈るというのは口実で実は討幕の秘法を行っていたのである。当事者も、『太平記』の著者たちも僧侶たちの法には効果があると信じていたように思われるが、これからの物語の展開を見ていくと、必ずしも効果があったと思われない場面も出てくる。そのあたり、中世の人々が本当のところどのように考えていたのか興味が持たれるところである。

 倒幕という重大事を決心されていた天皇であるが、それだけに本心を打ち明ける相手を慎重に選ばれていた。ひそかにその志を伝えられたのは日野中納言資朝、(日野)蔵人右少弁俊基、四条中納言隆資、(花山院)尹大納言師賢、平宰相成輔だけがその相手であった。尹というのは弾正台の長のことをこう呼び、宰相は参議の漢名である。家柄や身分ではなく、実務に有能な貴族たちを選んでいるという感じである。このほかに、軍事力の確保のために武士や延暦寺・興福寺の僧侶たちとも連絡を取った。

 物語はまず俊基について説明する。「かの俊基は、累葉の儒業を継いで、才学優長なりしかば、顕職に召し仕はれて、官蘭台に至り、職職事を司れり」(47ページ、俊基という人物は家代々の儒学の業を受け継ぎ、学才に秀でていたので、顕職に起用されて、官は弁官(太政官の書記官)となり、実際の職務は蔵人となった)。朝廷での仕事が忙しく、倒幕のはかりごとをめぐらす暇がないので、しばらくの間引きこもって策をめぐらす機会を作ろうと考えていたところ、比叡山から訴えを伝える文書が届いた。その文書を読み上げる担当が俊基であったが、楞厳院(りょうごんいん)をわざと慢厳院(まんごんいん)と読み間違えて、居並ぶ人々に嘲笑され、面目を失ったので引き下がって籠居すると人々に伝え、半年ばかり仕事を休み、山伏姿に変装して大和、河内に出かけて、城になりそうな場所を見定め、東国、西国に下って、国の風俗や財力・軍事力の程度などを偵察した。

 さて、美濃の国(現在の岐阜県の一部)に土岐十郎頼時、多治見四郎次郎国長という武士がいた。ともに清和源氏の系譜に連なり、武勇に秀でているとうわさされていたので、日野資朝は自分たちの味方に引き入れようと近づいたが、その本心を確認するために無礼講という宴会を発案した。集まったのは貴族ではすでに名が出てきた尹大納言師賢、四条中納言隆資、蔵人右少弁俊基の他に洞院左衛門督実世、他に僧侶や頼時、国長を含む数人の武士たちである。

 「その交会遊飲の体、見聞耳目を驚かせり」(49ページ)。献杯の次第に上下のうるさいことを言わず、男は烏帽子を脱いで髷が見えるままの姿をし、僧侶はその官に応じた上着を着用せずに下着の白い衣のままであった。それだけでなく17/8歳くらいの顔かたちがよく、肌のきれいな女性を20人ほど集めて、褊(すずし)の単(ひとえ)(=練らない絹で負った、裏のない薄い肌着)だけを着せて酌をさせた。謀議のカムフラージュとしては大胆すぎる豪遊ぶりである。何度かこのような宴会を開き、その間を縫って倒幕の密議を凝らしていたのだが、世間の目をさらに欺くために文学・文章の講義を聴くことにする。その席に呼ばれたのが当時「才学無双」の評判をとっていた玄恵法師である。

 俊基が比叡山の奏状をわざと読み間違えたり、「無礼講」のような人々を驚かす宴会が開かれたりと、物語はだいぶ小説的な展開を見せ始めてきた。「無礼講」についてはフィクションではないかという説もあったが、同時代の史料で確認できるようである。倒幕の修法に加わった円観上人と、「無礼講」の席に呼ばれて講義をした玄恵法師については、『太平記』の成立に重要なかかわりをもったとする説があって、その描き方に注目する必要がありそうである。
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