日記抄(5月28日~6月3日)

6月3日(火)晴れ後曇り

 5月28日から本日(6月3日)にかけてであった事柄、考えたことの中から:
5月28日
 近くのお寺の前を通ったら、福田行誡(1809-1888)上人の言葉が門前に張り出されていた。明治時代に仏教の復興のために尽力した浄土宗の僧侶である。この人物の名を目にすると思い出すことがある。
 大正12(1923)年から昭和18(1943)年まで『尋常国語読本』巻11に「鉄眼の一切経」という教材が掲載されていた。江戸時代の黄檗宗の僧・鉄眼が仏教の普及のために、その経典を集めた一切経の刊行を思い立ち、費用を集めるが洪水で人々が苦しむのを見て、救済事業のために散じてしまう。また費用を集めるが、今度は飢饉が起きたので、また資金を散じる。3度目にようやく一切経を刊行することができたという。物語は「福田行誡かつて鉄眼の事業を感嘆していはく、『鉄眼は一生に三度一切経を刊行せり。』と」と締めくくられていて、突然、福田行誡という人物が出てくるのだが、教える側も教わる側もこの人物についての十分な知識を持っていたかどうか疑わしい。福田行誡自身も新しく大蔵経(=一切経)を刊行する意図をもっていたそうで、だからこそこのような評価を口にしたのだが、もし現在の子どもたちにこの話をするのであれば、彼の名前を出さずに、「鉄眼は一生に三度一切経を刊行したのだと、言った人がいますが、皆さんはどう思いますか」というような結び方をした方がよいように思う。

5月29日
 NHKラジオまいにちフランス語応用編「作家とともにパリ散歩」では普仏戦争下のパリ市民の苦しみをうたったヴィクトル・ユゴーの詩を取り上げた。その冒頭を引用すると
Nous manquon de charbon, mais notre pain est noir.
(われわれには石炭がない。それなのに、われわれのパンは真っ黒だ。)
物資の不足の中で、人々はパンを作るために使えそうな材料は手あたり次第用いたので、パンは「真っ黒」になったのだという。ユゴーはロマン主義を代表する文学者とされるが、ここでの描写はきわめて写実的である。どんな思想を表現する場合にも、写実を忘れてはならないと改めて考えさせられた。

5月30日
 NHKラジオまいにちフランス語応用編「作家とともにパリ散歩」では1871年5月28日に労働者政権を支持する人々によって焼き払われたパリ市庁舎を訪ねたエドモン・ゴンクールの日記の一部を取り上げた。労働者政権が弾圧され、市庁舎が焼き払われた中で、建物の大理石のプレートに刻まれた「自由、平等、博愛」という金文字がそのまま残っていることを彼はIronie du hasard!(偶然の皮肉だ!)と表現している。パリ・コミューンを支持しているわけでもなかったゴンクールがパリ市内にとどまっていたのは、この出来事を見届けたいという作家としての関心のためであったのだろうか。

5月31日
 映画を見に神保町シアターに出かけたが、すずらん通りには露店が多く店開きしていてにぎやかだった。

6月1日
 テレビ東京の『開運!なんでも鑑定団』は4月15日放送分の再放送であったが、横井小楠の書が登場した。小楠は京都の寺町通丸太町下ル東側で暗殺されたという。この話は大学時代の授業でも聞いたし、寺町通は何度も歩いているのだが、小楠のことを思い出したことは一度もない。歴史的な興味というのはなかなか育たないものである。

6月2日
 病院に出かける。診察だけでなく、検査を受けることになり、暑さも手伝って余計につかれる。時間的な余裕があれば映画を見ようと思ったのだが、それどころではなかった。それでも渋谷に出て紀伊国屋と東急ハンズを覗く。どちらもかなりすいていた。暑さで外出する人が少なかったのだろうと思う。

6月3日
 NHKラジオまいにちイタリア語入門編では自分の趣味や好みをどのように表現するかに取り組んでいて
Mi piacciono i romanzi gialli.(私は推理小説が好きです。)
という表現が出てきた。giallo (gialliは男性複数の形)は「黄色い」という意味で、推理小説は黄色い表紙の本が多かったのでこのように呼ばれるということらしい。
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