Wood Job ! (ウッジョブ) ~ 神去なあなあ日常~

5月25日(日)曇り

 新宿ピカデリーで『Wood Job! (ウッジョブ) ~神去なあなあ日常~』を見る。三浦しをんさんの小説『神去なあなあ日常』の映画化。三浦さんの作品は最近、よく映画化されているが、なかなか見る機会がなく、私が見たのは『風が強く吹いている』に続いてこれが2本目である

 大学受験に失敗した平野勇気は、高校卒業後の進路を決めかねている。卒業祝いの夜、たまたま目にした「緑の研修生」のパンフレットの表紙に出てきた美女にあこがれて三重県の山中へと旅立つ。林業の研修の厳しさに何度もくじけそうになるのだが、脱走を企てた夜にあえないと思っていたその女性に出会ったりして、彼女が縁があるらしい林業の会社で本格的に研修を続けることになる。携帯電話の電波も届かず、町に出るには車で2時間はかかるという山奥。止宿先の先輩ヨキは極めて粗暴、その家庭にも問題があるらしい。それでも仕事には次第に慣れ、小学校の先生をしている問題の美女の身の上も次第に明らかになる。

 都会から距離が離れているだけでなく、自分たちが苗木を植え、樹木を育てる一方で、伐採するのは曾祖父の時代に植えた樹木であるという極めて緩やかな時間が流れる世界。その緩やかさの中に身を置くことが求められる世界でもある。登場人物がどこまで気がついているかわからないが、神話と隣り合わせの世界でもある。(だから「神去なあなあ」ということであろうか。)

 物語と主人公の恋愛のクライマックスになるのが大山祇命を祭るという祭礼の神事。どこまでが事実でどこからが創作なのかはわからないが、古代から伝承されている行事であるとされているだけでなく、主人公にとっての通過儀礼の役割を担っている。さらに言えば、その成功に主人公が憧れる美女が絡む。『古事記』で描かれる大国主命の通過儀礼が繰り返されているようでもある。

 一方で山村が過疎化、少子化していくという現実があり、他方で故郷への愛着がある。そしてその愛着をつなぎとめているのが伝統的な神事であるのだが、神事の内容もやり方も少しずつ時代の変化を反映して変化しているようでもある。村の人々は町との往来に車やオートバイを使っているし、林業の親方はインターネットを利用している。

 主人公である勇気は外部から村にやってくることで、村に新しい記憶を植えこむ。彼の成長の過程は村にとって新しい記憶である。さらにこの映画は勇気の成長とともに、ヨキ夫婦の子づくりの努力にも目を向けている。共同体が共同体であり続けるためには、住民の人口が維持されなければならない。勇気を時に厳しく、また時に優しく、共同体に受け入れようとするのは結局そのためでもある。そして、共同体がその性格を保つためには、ある時に起きたある出来事の記憶が共有される必要がある。閉ざされているようで、どこか開かれている部分があるから、記憶されるような出来事が起きるのである。若者が通過儀礼を乗り越えて成長する姿と、共同体がその若者をどのようにして受け入れていくかの両方の過程を描きながらこの映画は伝統と現代とがどのように共存できるかについての問題を提起していると見るべきであろう。
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