常見陽平『「できる人」という幻想 4つの強迫観念を乗り越える』

5月17日(土)晴れ

 常見陽平『「できる人」という幻想 4つの強迫観念を乗り越える』(NHK出版新書)を読み終える。「この本は、『できる人』という幻想について検証する本である」(3ページ)と書き出されている。この幻想が強迫観念になって日本の若者を苦しめている。
「頑張れ」
 この言葉に、疲れていないだろうか。(同上)
という問いかけによって、著者は「若者脅迫社会」の実像に迫ろうとしている。確かに、頑張ることは大事だが、者には程度というものがある。「環境や本人の能力を度外視した『頑張れ』は暴力でしかない。そして、右も左もわからない若者に対して『頑張れ』を連呼し、強迫しているのが今の日本社会なのだ」(5ぺーじ)という。

 この書物では平成に入ってから強調されている「できる人」に関する言説を4つのキーワードに即して検証している。その4つは
 即戦力
 グローバル
 コミュニケーション能力
 起業
である。

 本論に入る前に著者は第1章「入社式に見る平成『働き方』史」で日本経済新聞の大企業の入社式についての記事を時系列的に追って紹介し、考察を加えている。著者自身の企業での新入社員として、また人事担当として入社式の企画・運営をした際の経験が織り込まれていて、興味深い。入社式の前に内定式というのもあるとのことだが、この書物では入社式に研究対象が限定されている。入社式は「社会人になる心構えを説く場であるとともに、社会学や経営学で言う『オリエンテーション』および『組織的社会化』の起点となる儀式」(19ページ)であるという。それはもっと具体的にいうと「経営者が、今後の企業方針や従業員のあるべき姿を、若手社員だけでなく、多くの人に投げかける場なのである。/入社式の訓示とは、…理想のビジネスパーソン像を会社と社会に問いかける行為なのである」(20ページ)という。

 まだ好況が続いていた平成2(1990)年の入社式では、(気持ちを引き締めるという意味でであろうか)「社会的使命」が連呼されていた。バブル経済崩壊直後の1991年の入社式では「チャレンジ」「挑戦」「プロ」「国際感覚」「創造性」「個性」「社会」といった言葉が頻出していた。しかし、これらの資質の要求は今日とも共通するものであるが、経営者の側が自分たちのことを棚に上げて、言いっぱなしに終わっているという傾向もうかがえ、そのことも今日と共通するものはないかと著者者は皮肉めいた所見を述べている。バブル経済崩壊後の入社式は、単に日本経済の厳しさを伝える場と化し、社長の言葉も精神論に終始している例が大半であったという。

 阪神・淡路大震災と地下鉄サリン事件の起きた平成7(1995)は、各領域で多くの変化が起きた年であり、インターネット元年といわれた一方で円高が進み、入社式では時代の変化や変革をあおるメッセージが発せられる。とはいうものの、個人の能力や個性が花開くのは、入社後かなりの時間を経てのはずであり、企業経営者たちの新入社員を応援しているようでいて、実は丸投げにしているという状態が垣間見えるようになってきていると著者はいう。平成8(1996)の日系は「会社人間いらぬ ひるまず挑戦を」という見出しを掲げて入社式報道を行う。「即戦力になれ」「自立しろ」という新入社員がいきなり言われても困るようなメッセージが発信されている。翌平成9(1997)になるとこの傾向はさらに強まる。さらに平成10(1998)年ごろからは、危機感の慢性化・状態化が進むようになってくる。危機感が強調される一方で、本来経営者が自覚すべきことが新入社員に押し付けられる傾向も顕在化してきている。

 平成12(2000)年の入社式報道にはあるべき社員像を具体的に明示する訓示が多くなっているという変化が捉えられている。入社式の報道は、次第に扱いが小さくなっていくが、新しい兆候も見られる。平成16(2004)年には「CSR(企業の社会的責任)」という言葉が初登場し、平成17(2005)年からは「グローバル」ということばが頻出するようになる。平成18(2006)年は1990年代前半から続いた就職氷河期が終わった年であったが、企業の側の危機感は相変わらず強調され続けていた。平成19(2007)年で注目されるのは「法令順守」や「コミュニケーション能力」が言及されるようになってきたことである。
 平成20(2008)年に起きたリーマン・ショック後の21年(2009)年になると「生き残りをかけた変革」への参画が求められるようになる。しかし「ただ単に危機感を煽るのではなく、自らを励ますかのようなメッセージが込められているのが特徴だ」(46ページ)ともいう。平成22(2010)年には就職率が大きく悪化する。平成23(2011)年には厳しい就職状況に加えて、東日本大震災の直撃を受ける。震災に絡めた訓示が多く見受けられる一方で、グローバル化を強く意識したメッセージも見られる。平成24(2012)年、25(2013)年と「危機感×グローバル化」という訓示がフォーマット化され、若者の強迫観念になっているようである。

 平成の25年間を通じて日本の企業の入社式での強調点をまとめながら、著者は改めて「入社式は誰のものか」という疑問を提起する。新入社員は基本的には未経験者であるにもかかわらず、入社式の訓示で社長が発信するメッセージはますます高度化してきている。そんな新入社員がいるのか?どころか、そんな人間がいるのか?というレベルにまで達しているという。新入社員が成長する時間をあらかじめ想定せずに、即戦力を求めるのも無茶な話である。「日本の企業は、本来は上の世代が果たすべきことを、若者に転嫁してきたのではないだろうか」(52ページ)と著者は疑問を投げかける。さらに、新卒卒業者を迎える場でありながら、「会社人間いらぬ」とか「一生勤められると思うな」というメッセージを発することにも疑問を呈している。おそらくは入社式という世間の注目が集まる場に、会社としての現状認識や展望を示す機会を見出そうとしているのであろうが、もう少し新入社員のことを配慮してもよいのかもしれない。そのことも踏まえて著者が最後に、当の新入社員の感想にも目を向けるべきではないかと述べているのが、注目される。そういっているだけで、何らかの調査がなされているわけではないのが残念である。著者の今後の研究に期待したい。

 第1章の紹介だけでかなりの量になってしまったので、残りの部分は後日紹介することにいたい。「グローバル化」と英語力への期待に関連して思い出すのは、本ブログでも何度か書いてきたように、「頑張れ」という言い方は英語にはないということである。英語では、むしろ「気楽にやれTake it easy」というところ、経営者の皆さんにはこのことの意義を考えてほしいなと思った次第である。
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