『還って来た男』、『人も歩けば』

5月12日(月)晴れ後曇り

 池袋の新文芸坐で「没後50年 映画監督 川島雄三」の特集上映の初日のプログラムで『人も歩けば』(1960、東京映画)と『還って来た男』(1944、松竹)を見る。『人も歩けば』は既に別の機会に見ており、初見であり、川島の監督昇進第1作でもある『還って来た男』の方を主に取り上げることにする。

 太平洋戦争中の1944年6月に公開された作品。編中のあちこちに戦時色が感じられるが、それ以上に印象に残ったのはクレジット・タイトルが省かれていること。67分という上映時間の短さも、戦時中の物資の不足を物語っている。川島もその下で助監督を務めたことがある小津安二郎が、シンガポールの映画館に残されていた『風と共に去りぬ』のプリントを上映してみて、「あかん、戦争は負けや!」といったという話を思い出す。監督・製作者の才気において劣っているわけではないという自負があるから、余計に悔しかったのであろう(もっとも表現の自由のために作家としてどれだけ頑張ってきたかという点が棚に上げられているという問題はある)。

 戦争中の大阪を中心に、京都や奈良、さらには名古屋に舞台が広がる。南方から帰還してきた軍医は、その経験から日本でも栄養不良の子どもたちのための施設を創設する必要を感じ、父親から受け継ぐことになった財産をつぎ込んで事業に取り組もうとする。父親は彼に見合いを勧めるが、その相手は彼が戦地でその最期をみとった中学校時代の友人の妹と同じ国民学校に務める教師であった。

 とにかく、もう少し作品を長くして、主人公をはじめとする個々の登場人物の人間関係や性格の説明に充てるべきであった。見合いをすることになる男女がそれと知らずにすでに何度も顔を合わせ、お互いに好意を持ってしまうという展開が、見合いの相手を演じている田中絹代の演技に多くを頼りすぎているように思われる。織田作之助の小説『清楚』、『木の都』を原作として原作者自身が脚本を書いたというのだが、もう一つ原作のイメージが伝わらないところがある。短編小説をつないで作り上げたためであろうか、登場人物の人間関係が複雑な割に、偶然の結びつきが多い。作品中には、少年工として名古屋に就職した子どもが、家が恋しくて何度も戻ってくるエピソードがあるが、一家ぐるみで名古屋に移住してしまうというところに戦時下の生活の不満をだましだましで解決を図るという構図が浮かび上がる。戦時下の生活の問題点をそれなりにリアルに描いていると評価すべきか、建前優先の解決の嘘くささを批判すべきか。戦時下の国民学校の授業や学校行事の実態がどのようなものであったのか、映画であるから現実そのままとは言えないだろうが、ある程度までの現実感をもってうかがい知ることができる点は貴重である。作品中で主に言及されている南方とはマレー半島のことらしいが、かなり広大な地域をごくあっさりと一言にまとめて呼び捨てているのも気になるところではある。

 『人も歩けば』は梅崎春生の同名小説の映画化。戦後を代表する作家の一人である梅崎はこの時期ユーモア小説に専念して、一部からは批判を浴びていた。しかし、この作品からはユーモアの衣にまぶした世相への鋭い洞察と批評が見て取れる(見て取らずに、ゲラゲラ笑って読んだってそれはそれで意味のあることだと思う)。砂川桂馬というドラマーが主人公。そういえば、この時代に話題になっていた「砂川判決」が改めて脚光を浴びている。桂の高跳び、歩の餌食という将棋の格言はこの作品中にも出てくるが、素人初段程度に将棋が強いことから質屋の主人に気に入られ、婿養子になった。ところが嫁は出戻り娘、結婚式直後に義父は頓死してしまい後ろ盾を失い、口うるさい義母にいじめ倒される。ついに家出、ところがその彼に莫大な遺産相続の話が舞い込む…。岸(当時の首相と同姓)という二股も、三股もかける裏切り専門の学生が登場したり、ゴジラ、ラドン、アンギラスと怪獣の名前をもったやくざが主人公を追いかけたり、金田一小五郎という怪しげな探偵が絡んだり、その探偵に元華族のご落胤を自称する女性が付きまとったりと物語はハチャメチャに展開していく。

 以前に観たときに比べて、淡路恵子が綺麗だとか、加東大介の演技がうまいとか、ごく月並みな感想がより実感をもって感じられるようになったというのが正直なところなのだが、それはそれで大事なことだと思う。主人公がドラムをたたいているバンドの名前がコットン・キャンディーズでそんな英語があるのか知らないが、作品中綿あめが重要な役割を果たすことになるのでご注意ください。
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