クジラのいた夏

5月9日(金)午前中は晴れ、午後になって一時雨が降るなど変わりやすい天気

 シネマート新宿で吉田康弘監督の『クジラがいた夏』、その後シネクイントでエドガー・ライト監督のイギリス映画『ワールズ・エンド 酔っ払いが世界を救う!』を見る。前者は地方都市での生活を東京へ出ることで変化させようとする青年と、彼の周辺の青年たちを描き、後者は地方都市で過ごした若者時代にできなかった一晩で12軒のパブのはしご酒に再挑戦しようと故郷の街に戻ってきた中年男性たちを描く作品である。どこか共通する部分がありそうな、なさそうな2作品を1日のうちに見ることになった。ここではまず『クジラがいた夏』を取り上げることにする。

 高校時代からずっと続いている4人組の青年たちの1人、”チューヤ”が東京に出ることを決めた。地元を離れる最後の日の前日に、残る3人、”ジェイ”、ギズモ、町田が大送別会を開くことにした。ボウリング場で開いた送別会は全く人が集まらず、”チューヤ”が小学校時代、中学校時代に思いを寄せた女子を訪ねる試みは、それぞれかなり悲惨な結末を迎えることになる。そして、”チューヤ”が高校時代に思いを寄せ、今は上京して女優として活躍しているはずの先輩の弓子が彼らの目の前に現れたことで、”チューヤ”の心は揺らぐ・・・。

 近くの水族館にクジラが登場し、観客を集めているという噂を信じて水族館に出かけたが、クジラはいなかったという高校時代の思い出。クジラを見に出かけたために、”チューヤ”は弓子先輩を見送る時間をロスするのだが、どうやら彼女の旅立ちを見送ることができた。それだけのことで、何故『クジラがいた夏』なのか? 映画は彼らが高校生だった3年前と、現在とを交錯させながら進む。

 映画の主要なロケ地は富山県の高岡市で、藤子不二雄@の名作『まんが道』の舞台でもある(必ずしもこの町だという特定がなされているわけではない)。藤子不二雄の2人は将来への夢を抱いてこの町で過ごし、やがて旅だったが、ここにとどまるか、大都会へと旅立つかという選択は、人生の目的を見出すこともできないし、夢もなく、さしたる能力にも恵まれない若者にも突きつけられる問いである。残る3人は地元への愛から、地元にとどまることを決めているが、”チューヤ”だけは自分の気持ちを決めることができないままである。結局3人がいくらやきもきして世話を焼いても、これはご本人の問題である。

 実は私も、成人してからのことであるが、20年近くの年月を日本海岸の地方都市で過ごした経験がある。ある時、職場の窓から外を見たら、日本海を練習帆船が航行しているのが見えたことがある。もし、こども時代にこういう経験をしていれば人生が変わっただろうと思う。人生のかなりの部分は偶然によって決められるといった人がいるが、確かにその通りである。大人になればなるほど偶然の効き目は小さくなる。何かの出会いに感動することも乏しくなる。過去の道をたどりなおすことも一つのやり方ではあるが、新しい出会いを求めることも必要ではあろう。

 地方都市に住んでいても、全国的あるいは全世界的な視野をもつことはできるし、都会に住んでいても、地方のことを思い出すことはあるだろう。都会と地方とをむやみに対立させるのは意味のないことである。どこで生活していても、もっと広い世界を意識するような体験をすることが大事なのではないかと思う。”チューヤ”を東京に送り出すか、郷里にとどまらせるか、仲がよいように見える仲間たちの間でも実は意見の違いがみられる。その意見の違いがもっとはっきりとやり取りされているような物語の展開の方が面白かったかもしれない。
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