柳谷晃『数学はなぜ生まれたのか?』

5月7日(水)晴れ

 柳谷晃『数学はなぜ生まれたのか?』(文春新書)を読み終える。

 学校で勉強することは易しいことから始まって、次第に難しくなる。算数・数学も例外ではない。そして数学の歴史も同じように、次第次第に難しいことに取り組むようになった。そこで数学の歴史的な発展の道筋を追いかけて、数学を勉強していけばよいという考え方がある。もちろん、数学の歴史的な発展の過程はそれほど単純なものではない。とは言うものの、大数学者のエピソードは数学の学習にアクセントをつける効果もあり、数学史は数学教育の中で重視されてきた。

 著者は早稲田大学高等学院(高校)の先生で、その肩書きから察してなぜこんなに苦労をして難しい数学を勉強するのか?という高校生たちの問いに答えてきたと推測される。そこそこの成績さえ取れば、大学に進学できる付属校の生徒たちが苦労したがらないのは人情といってもよいかもしれない。この書物の内容を形成しているのは、そういう生徒たちの問いに答え続けてきたなかで蓄積されてきた著者の数学観である。

 数学は人間が作ってきた文化の1つである、人間の歴史とともに何千年もの間歩んできた歴史を持っているし、人間の生活にとって不可欠なもののひとつである、人間は自分たちの生活をよくするために数学的な知恵を役立ててきた。「ですから、数学の歴史を学ぶことは、人間が何を目的に生きてきたかを学ぶことと同じです」(17ページ)という。数学は多くの人々の苦心と努力の成果の蓄積であり、それゆえに「数学を本当に勉強するということは、昔の人への感謝と、尊敬心を持つことです」(19ページ)ともいう。

 とはいっても、書物の構成は必ずしも歴史的な年代を追うものではない。
第1講 0はなぜ偉大か
第2講 2次方程式の解の公式を覚えていますか?
第3講 三角比はなぜ生まれたのか?
第4講 古代ギリシャで「証明」が生まれたのはなぜか?
第5講 アルキメデスに学ぶ微分積分:微積分入門Ⅰ
第6講 リンゴが落ちても、万有引力は生まれない:微積分入門Ⅱ
第7講 平行線が交わる幾何学:非ユークリッド幾何学の世界
第8講 コンピュータはなぜ2進法で考えるのか?
というのがこの書物の構成である。

 第1講では歴史上様々な数字が工夫されてきたが、それらは基本的には記録用にできており、筆算が機能的にできる数字は、インドアラビア数字だけである、インドアラビア数字が使いやすいのは、位取り記数法というシステムがあるからである、その位取り記数法を支えるのが0という数字の発見であると論じられている。

 第2講では方程式が古代エジプトやメソポタミアにおいても存在していたことから、フランソワ・ヴィエトによって二次方程式の解の公式が見出されるまでの経緯が語られる。この公式によって多くの人々が二次方程式を解くことができるようになり、全体としての国民の能力が向上したと著者は論じる。「才能のある人にしかできなかったことを、努力しかできない人もできるようになる」(62ページ)ことの意義が強調されている。そしてヴィエトの業績が国力の充実を目指して大土木工事を推進していたアンリ4世の政策に呼応するものであったことも付け加えている。

 第3講では三角比が建築に欠かせないことから、歴史的な三角比の使われ方をたどり、ギリシャの数学的な知見を西欧に伝えたイスラムの貢献についても言及している。第4講では、古代ギリシャの都市国家間の交渉の中で話し合いと説得の技法が洗練され、論理的な証明の背景となったこと、そこから論理学の基本的な問題を取り上げ、論理的・抽象的な思考が物事を易しく考えるために必要なものであると論じている。(最近、19世紀の社会科学の発展の中で「抽象的な思考」が演じた役割について考えているので、大いに参考になる個所であった。)

 第5講ではアルキメデスの業績、第6講ではニュートンの業績に即して微分積分の考え方を概観しているが、その中でトリチェリとか、バロウとかいう、あまりその業績について取り上げられない数学者についてその役割を評価している点が興味深い。第7講ではこの世界がユークリッド幾何学に従って成り立っているのか、ロバチェフスキーとボヤーイの幾何学に従っているのか、リーマンの幾何学に従っているのか、まだわかっていないというのが面白かった。「当たり前に見えることを疑うのは、とても大切です」(174ページ)と著者は言う(もっとも何でもかんでも疑うのも問題ではある)。第8講ではコンピューターの理論と歴史をたどりながら、数学と論理について考えている。

 「おわりに」の中で、著者は数学を学ぶために「素直になろう」、「数学と人間の生活は切り離せない」、「体で覚えよ」、「数学は万能ではない」、「数学は人間の味方」と説いている。時々独断的になったり、論理が飛躍する個所があるような気がするのだが、数学の発展をその背景となった社会の要請との関連で論じている個所は参考になる。この点を考えると数学と科学技術との関連について多くのページを割いている半面で、医療や経済との関連での議論がほとんどないのが残念である。第6講で人口密度を低下させることが伝染病を防ぐ有効な手立てであることが触れられていたり、「おわりに」で「金融工学」の「数理モデル」のいい加減さが指摘されていて、著者がこれらの方面にも通じていることがうかがわれるだけに余計にそう思える。数学について一般的な知識を得ようとする人々にとっても有益な書物であるが、それ以上に数学教育に携わろうとする人々にとって参考になるのではないか。
スポンサーサイト

コメントの投稿

管理者にだけ表示を許可する

プロフィール

Author:tangmianlaoren
FC2ブログへようこそ!

最新記事
最新コメント
最新トラックバック
月別アーカイブ
カテゴリ
検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QR