語学放浪記(30)

5月3日(土)晴れ

 急に気温が上がってきたせいか、体調があまり思わしくない。

 ドイツ語、フランス語、イタリア語、それぞれ4月分の放送が終わった。それぞれの5月放送分のテキストを見ていると、フランス語の5月号の表紙が映画のポスターのような絵で飾られているのが目を引く。『かくも長き不在』、『シェルブールの雨傘』、『僕の伯父さんの休暇』、『赤い風船』、『僕の伯父さん』と古い映画に交じって、現在上映中の『アデル、ブルーは熱い色』らしい1枚が描きこまれているのはどういうことか。このイラストを書いた人は、ジャック・タチが好きなのかな、そういえば、渋谷のイメージフォーラムではジャック・タチの特集上映をまだ続けているはずだな・・と思ったりする。

 大学での第2外国語はドイツ語であったし、大学院もドイツ語で受験したのだが、ドイツ語への意欲・関心はそれほど強いものではなかった。学術的な関心はあったものの、文化全般ということになるとフランスの方が魅力的であった。それに、私の学生時代はフランス映画の方がドイツ映画よりも圧倒的に面白かった。しかし、フランス語を熱心に勉強するというわけでもなく、要するに怠け者の学生であった。語学に対する実際的な関心は極めて乏しかった。

 最初に就職した学校は技術系であったので、それまで自分が過ごしていたのとは全く異質な文化の中に放り出されたという気分であった。理工系の研究者は英語で論文を書くことが多く、自分の研究のために語学を使うという意識が強い。私が大学でロシア語を勉強したということを(まったくどこからそんな噂が漏れるのだろうか)聞きつけたある先生などは、学生にロシア語を教えてほしいと言ってきた。こちらは、ロシア語が一向に上達しないのでやめてしまい、辞書も古本屋に売り払った後のことであった。

 確かに自然科学の場合、扱う事柄は文化に左右されることはほとんどない。アメリカの物理学の教科書も、ソ連(当時)の物理学の教科書もほとんど同じ構成になっていたそうである。だからとにかく基本的な文法さえ押さえておけば、書かれている事実の大部分は理解できることであるから、ロシア語の論文は読めるはずである。そんなことが理由になっていたのだろうが、こちらは文化の違いによって理解しにくくなっている部分に興味がある人だから、話がかみ合わなかったのである(自分勝手な言い分ですみません)。

 専門的な知識があれば、自分の専門とする領域についての外国語の文献を読むことは容易であるし、その点をめぐって外国語で討論することもそれほど難しくないかもしれないが、日常の会話となると話は別である。そして実用的な見地から見た場合、会話が外国語学習の重要な側面であることは否定できない。

 文化勲章を受章した数学者の岡潔は、フランス語で論文を書いたりしていたが、フランス留学中に食堂車で水が飲みたかったので、eau! eau!と叫んだけれども、一向に通じなかった、後で考えてみるとl'eauというべきだったとどこかで書いていた。4月9日の「まいにちフランス語」入門編の中のおしゃべりで、フランスでは水は頼まないともってきてくれないから、飲みたいときにはUn verre d'eau(コップ一杯の水), s'il vous plait.とかUne carafe d'eau(水差し1杯の水), s'il vous plait.とかいわないといけないと聞いた。冠詞をつけないといけないという点では岡潔のいうことは正しかったのだが、定冠詞ではなく部分冠詞をつけるということに気付かなかったようである。

 だから最低限の日常会話を学校で教えることに意味はある(その場合、最低限の文法の教育も必要である)と思うのだが、日常の会話というのはどの言語でも変化が激しい領域である。私が学生のころはフランス語の否定のカタチはne...pas...、例えば私は知りませんというのはJe ne sais pas.と習っていたのが、現代のフランス語ではJe sais pas.というのが普通になっている。フランス語の時間で講師の先生がそう説明したというだけでなく、TVのニュースの中のインタビューでも、映画の登場人物のせりふでもそう話している。それから、その人の立場によって口の利き方が違ってくるという問題もある。丁寧に話すべき場合もあるし、ぞんざいでいい場合もある。その人、その人、それぞれの場合がある。そういうことを考えると、学校教育の中で会話力をつけるためにできることはかなり限られているのである。

 それでも下手の横好きで勉強した言語の数を増やしていた私にとって、技術系の学校で全く異質の文化に触れたことは貴重な経験であった。
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