アガサ・クリスティー『なぜ、エヴァンズに頼まなかったのか?』

1月21日(月)晴れ

 アガサ・クリスティー『なぜ、エヴァンズに頼まなかったのか?』(Agatha Christie, Why  didn't they ask Evans?)(田村隆一訳、ハヤカワ書房:クリスティー文庫78、2004)を読みなおし終える。クリスティーのノン・シリーズものの長編。何度か読んでいるが、何度読んでも面白い。この作品には複数の翻訳があり、創元推理文庫に入っている長沼弘毅の訳は『謎のエヴァンス』と題されているが、もともとの題名をそのまま日本語に訳した田村訳の方が物語の展開との関係でしっくりしている。なおEvansの語尾は辞書によればzと発音するらしい。

 事件の発端はウェールズの海岸の町でのできことである。海軍をやめて求職中の牧師の息子ボビイはゴルフの最中に崖下に転落した瀕死の男を見つけた。男は僅かに意識を取り戻すと「なぜ、エヴァンズに頼まなかったのか?」とだけ言って、息を引き取った。ボビイが列車の中で偶然に出逢った幼馴染の貴族令嬢フランキーは事件に興味を示す。ボビイの周りでは奇妙な事件が次々と起き、2人はその謎の解明に乗り出す。

 物語の展開の過程で様々な人物が登場し、新たな事件が起き、新たな謎が発生するが、依然としてエヴァンズの正体は分からない。エヴァンズはウェールズではありふれた姓であり、そのため捜査は難航する。ちなみにボビイの姓であるジョーンズもウェールズではありふれた姓である。実はエヴァンズではなく「なぜ、エヴァンズに頼まなかったのか」という問いを問題にしなければならないのだが、それがわかるのは終盤である。

 解説で日下三蔵氏が書いているように、「若いカップルの冒険的推理行を描かせると、クリスティーの筆は実に滑らかである」(461ページ)。日下氏が引き合いに出しているトミーとタペンスものの第1作『秘密機関』も楽しいが、この作品も事件の真相の他に二人の登場人物の恋の行方や捜査のための奇抜なアイデア、二人や二人を取り巻く人物の会話に見られるユーモアなど様々な要素が盛り込まれていて読むものを飽きさせない。

 この作品が発表されたのは1934年で考古学者である二人目の夫と結婚して4年後のことであるが、まだクリスティーは若々しさを保っていたし、それがこの作品の魅力となっている活気ある展開の源であろう。男女二人が事件を捜索(し、その一方で両者の間に次第に恋が発展)する作品としては他に『殺人は容易だ』(終盤でバトル警視が登場する)、『蒼ざめた馬』(女流推理作家アリアドニ・オリヴァが登場する)があるが、クリスティーの加齢を反映して作品から若さが失われているように思われる。

 彼女のノン・シリーズもののなかでは『そして誰もいなくなった』を別格として取り除くと、この作品が一番面白いと日下氏は論じているが、個人的な意見としては『チムニーズ館の秘密』が好きである。もっともこれはバトル警視が登場するから、純然たるノン・シリーズものには入らないのかもしれない。まるで雰囲気が変わっている『死が最後にやってくる』は古代エジプトを舞台にした作品で、もし機会があればこの種の作品を書いてみたいと思っているが、かなりの準備が必要であろう。クリスティーは夫が考古学者であったので、その点恵まれていた。そういえば、クレタ島のクノッソスの遺跡を発掘した考古学者の姓もエヴァンズであった。
スポンサーサイト

コメントの投稿

管理者にだけ表示を許可する

プロフィール

tangmianlaoren

Author:tangmianlaoren
FC2ブログへようこそ!

最新記事
最新コメント
最新トラックバック
月別アーカイブ
カテゴリ
検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QR