今野真二『日本語の考古学』

4月21日(月)曇り、時々雨

 4月20日、今野真二『日本語の考古学』(岩波新書)を読み終える。今年になってから『かなづかいの歴史』(中公新書)、『日本語の近代――はずされた漢語』(ちくま新書)と今野さんの著書を2冊読んでいて、これで3冊目である。今年になってからその著書を3冊読んだのは椎名誠さんと今野さんだけで、自分の経験をエッセーにしている椎名さんとは違って今野さんの場合は学術的な著作なのだから、このペースで本を書き続けているというのは(これまでの研究成果が一気にまとまってきたということだとしても)すごいことである(それを読んでいるほうもすごいと自慢したい気分も少しはある)。

 表題になっている『日本語の考古学』とは、今野さんによると「かつて誰かが手で書き写した、あるいは活字を用いて印刷した、具体的なものとしての書物」(ⅰページ)を手掛かりとして昔の日本語を分析しようという試みである。これらの昔から伝えられてきた書物には、同じ書物のはずでも細かい異同があったり、メモが書き加えられていたり、「ひとつひとつの情報はささいなものだったとしても、そこには、過ぎた「時間」を復元するためのなんらかのヒントがあるのではないだろうか」(ⅱページ)という。

 このような関心から、この書物では次の10の問題が取り上げられている。
1 「書かれた日本語」の誕生――最初の『万葉集』を想像する
2 『源氏物語』の「作者」は誰か――古典文学作品の「書き手」とは
3 オタマジャクシに見えた平仮名――藤原定家の『土左日記』
4 「行」はいつ頃できたのか――写本の「行末」を観察する
5 和歌は何行で書かれたか――「書き方」から考える日本文学と和歌
6 「語り」から「文学」へ――流動体としての『平家物語』
7 「木」に読み解く語構成意識――「ツバキ」と「ヒイラギ」と
8 なぜ「書き間違えた」のか――誤写が伝える過去の息吹
9 「正しい日本語」とは何か――キリシタン版の「正誤表」から
10 テキストの「完成」とは――版本の「書き入れ」

 それぞれ興味の寄せられる問題ではあるが、ここでは特に印象に強く残った問題を選んで紹介してみたい。まず最初の「最初の『万葉集』を想像する」では、『万葉集』に収められた歌の中には「音声による歌」と「文字による歌」があり、『万葉集』がその転換点を含みながら編纂されていることを指摘し、さらに現在残されている写本が「漢字書きされた歌に、片仮名で『訓』を施す『片仮名付訓方式』」(12ページ)か、「漢字のみで書かれた歌の隣に、平仮名のみで書かれた歌が並べられている・・・『平仮名別提方式』」(15ページ)のどちらかで書かれているが、もともとの『万葉集』は漢字のみで書かれたいたことは明らかだとする。さらにこれらの写本の漢字が楷書で書かれているのに対し、『万葉集』がまとめられた時代には草隷と楷書の間のような書体が使われていたと推測する。これらのことから「私たちが手にしている最古の写本と、『原万葉集』との間には、失われた時間が横たわっている・・・現代の私たちには想像もつかないような大きな『質的変化』がそこには秘められているかもしれない」(19ページ)と読者の好奇心を揺さぶっている。

 2では紫式部が『源氏物語』を書いたという常識が挑戦を受ける。ゴーストライターがいたという話ではなくて、誰が「書いた」かという具体的な話である。そういえば、私の大学院生時代になってもまだ論文の清書を他の誰かに頼むということが行われていた。「複数の書写者が書き写すというだけではなく、紫式部自身も、手元にあるテキストに加筆をしないとも限らない」(28ページ)。問題は複雑なのである。3ではその時代までは存在した紀貫之自筆本の『土左日記』を藤原定家が書写するときに判読できない文字があったという話が出てくる。さらに6で「『平家物語』とは、「語り」との双方向的な関係性において、特殊な形で成立したテキストである」(146ページ)と論じているのも貴重な指摘である。10で冨士谷成章の『あゆひ抄』に息子の御杖が書入れをしたと推測される書物について紹介しているのも興味深い。
 
 「『失われた部分』への意識を常に持ち続けること。今目の前にある日本語がすべてだと思わないこと。そうしたことが、言語の長い歴史を復元していくときに必要な態度ではないかと思う」(19-20ページ)と今野さんは述べている。これは他の領域を学ぶ者にとっても有益な示唆であろう。語学と文学の両方にまたがって多くの知見を与えてくれる書物である。
スポンサーサイト

コメントの投稿

管理者にだけ表示を許可する

プロフィール

Author:tangmianlaoren
FC2ブログへようこそ!

最新記事
最新コメント
最新トラックバック
月別アーカイブ
カテゴリ
検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QR