ウィルキー・コリンズ『月長石』(30)

4月18日(金)曇り、時々小雨

 1848年6月にイングランドのヨークシャーのヴェリンダ―邸から<月長石>と呼ばれるダイヤモンドが紛失した。この宝石はヴェリンダー卿夫人の兄であるハーンカスル大佐がその遺言で姪であるレイチェル・ヴェリンダーに贈ったものであるが、彼がそれを手に入れた経緯については悪い噂があった。宝石はもともとインドのヒンズー教の寺院の神聖な宝であり、それがイスラム教徒から英国人の手にわたっても、それを取り戻そうとする3人のバラモン階層に属するインド人たちの姿が付きまとってきたのである。

 レイチェルの従兄で求婚者の1人であり、宝石を彼女のもとに運んだフランクリン・ブレークは宝石紛失の謎を解こうとロンドンから腕利きのカッフ部長刑事を呼び寄せる。彼は邸の使用人で前科のあるロザンナに不審を抱く。レイチェルの証言が得られないために捜査は進展せず、カッフは捜査を打ち切らざるを得なくなる。そしてフランクリンの努力にもかかわらず、レイチェルの彼に対する態度はよそよそしくなり、そのまま彼女は邸を去り、その後、ロンドンに赴く。失意のフランクリンも大陸へと旅立つ。

 1年後、父親の死をきっかけにイングランドに戻ってきたフランクリンは事件を改めて調べなおし、レイチェルの愛を取り戻そうとする。しかし、ヨークシャーに向かったフランクリンが事件ののち姿を消した(自殺した)ロザンナが残した証言と証拠を見つけたところ、それらはレイチェルの部屋から<月長石>を持ち出したのがフランクリンであることを示していた。ロンドンに戻ったフランクリンは策を講じて彼との面会を拒否していたレイチェルに会うが、彼女は自分の部屋からフランクリンが宝石を持ち出すのを見たという。フランクリンはその夜のことは覚えていないし、彼の手元には宝石はないのである。一体、何が起きたのか。彼は再びヨークシャーに向かう。

 フランクリンは宝石がなくなる前に開かれていたレイチェルの誕生祝に出席していた人々を訪ねて改めて証言を得ようとする。ヴェリンダー家のかかりつけの医師であるキャンディはその夜、雨の中を馬車に乗らずに帰宅したため体調を崩し、病気が長引いただけでなく記憶力が衰えてしまったために、その仕事を助手のエズラ・ジェニングズに任せたきりになっているという。フランクリンの顔を見たキャンディはいうべき何か大事なことがある様子なのだが、それが思い出せない。ジェニングズによると、例の夜に帰宅して以来、事件の手掛かりになるようなことは話していないという。ただ、ジェニングズはキャンディーにずっと付き添っていた間、彼がうわごととして言っていたことの中から手がかりがつかめるのではないかともいう。自身が不幸な恋愛の体験をもつジェニングズはフランクリンの告白を聞いて同情し、力になれることがあるかもしれないという。

 フランクリンはもともとかなりの喫煙家であったのが、それをやめたために不眠症にかかっていた。そのことを聞いたキャンディが薬の服用を勧めたのに対し、フランクリンが薬の効用を否定して大喧嘩になり、ヴェリンダー卿夫人が中に入ってやっと和解させたという経緯があった。(その前にフランクリンに会った時のキャンディが、誕生祝を愉快な経験だったというかすかな記憶を語っていたというのがここで意味を持ってくる。) どうも薬の効用を否定するフランクリンに対するいたずらとしてアヘンを一服盛ったのではないか、そして翌朝にそのことを告げにヴェリンダー家を訪問するつもりだったのが、思いもよらず病気になってしまったのであるという。キャンディのうわごとからジェニングズが読み取ったのは以上のことである。そしてフランクリンが宝石について心配していたことが、アヘンを服用したのちの水イン中の奇妙な行動になって表れたのではないかという。

 フランクリンの当夜の行動がアヘンを服用させられたことによるものであるというジェニングズの推理は、再度同じような条件の下で実験をすることによって確かめられるのではないかという。フランクリンは実験に同意する。しかし、ジェニングズの推理では、<月長石>の行方を突き止めることはできない。世間の噂では宝石はロンドンにいる金貸しのルーカーの手にわたり、銀行の貸金庫に入っているという。誰がヴェリンダー邸からルーカーのところまで宝石を運んだのか。

 この連載も30回を数え、物語の終わりに近づいてきた。わたしとしては、フランクリンの不可解な行動の説明がある程度なされた今回を持って、物語の紹介はやめたいと思う。この後、フランクリンはヴェリンダー邸にレイチェルを呼び、実験を行うことになる。その結果はどうなるのか、さらに<月長石>は誰によって銀行の貸金庫から持ち出され、どうなっていくのか、インド人たちは宝石を取り戻すのか・・・・というこの物語の終末については、読んでのお楽しみということにしておきたい。

 多くの人々によって指摘されているように、事件を解く重要な手掛かりとしてアヘンが使われているのがこの作品の推理小説といてみた場合の欠陥であって、もっと科学的に説明のつく仕掛けがなされていたほうが好ましい。作者であるコリンズ自身がアヘン常用者であったという事情も含めて、この作品を古色蒼然としたものとして営るように思われる。何度も書いてきたように、常軌を逸した行動が少なくない気まぐれなフランクリン、わがままで自己中心的な令嬢レイチェル、俗物で偽善者のゴドフリーなど、性格的に同情できない登場人物ばかりの小説ではあるが、であるがゆえに時代の特徴をよくとらえているともいえる。ヴィクトリア時代を英国の黄金時代として懐かしむ保守派の言説が全くもって信じがたいものであることを証拠立てる作品ともなっているのである。

 長々、お付き合いいただきまして、ありがとうございました。(この稿終わり)
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