ドン・ジョン

4月11日(金)晴れ

 4月10日(金)シネマライズで『ドン・ジョン』を見る。アメリカ映画で主演者の1人でもあるジョセフ・ゴードン=レヴィットが監督している。ということは、彼なりに物語に魅力を感じて取り組んでいるということらしい。

 主人公の青年ジョンは整った顔立ちに加えて体を鍛えることに人一倍熱心である。毎晩、違う女性を誘ってベッドを共にしているが、どうも満足できない。インターネットのポルノサイトを見て自分の欲望を満たすという生活を続ける。ある夜、ブロンドの美しい娘バーバラを見初め、熱心に誘うが、彼女はなかなか手ごわく、彼に大学の夜間コースに通うことを勧めたり、色々と注文を付けてくる。その大学で、少し年配の女性が一人で泣いているのを見かけ、それをきっかけに知り合う。彼女は自分と比較的年の近いジョンに親しみを覚えてきたように見える。さてジョンとバーバラの関係は進み、お互いの家族に顔合わせをしたりするが、ジョンはバーバラにポルノは見ないと嘘をついて、見つからなければいいさとまだ見続けている…ところが・・・。

 普段ならばこういう展開の映画は見ないのだが、XP問題で使用するパソコンを取り換えたりして身辺がざわつき、ついでに精神状態もざわざわしていて、少し気分を変えてみようかと思って見に出かけた次第。『ドン・ジョン』という題名から連想されるのはドン・ファンである。伝説的なプレイボーイであるドン・ファンの場合、女性を征服することが自己目的化してしまうところがあるが、この映画の主人公はヴァーチャルな世界の中でしか征服欲を満足できないところがあるらしい。女性を自己実現の手段にしてしまうという生活態度は否定されるべきであるが、克服するのが難しいという現実もある。それを喜劇的に誇張しながら描いていく。

 本家ドン・ファンであるモリエールの主人公が神を信じないのに対して、こちらはすでに親元を離れて一人暮らしをしているのに、日曜日になると父母・妹と一緒に教会に出かける。そして神父を相手に告解をして、自分の1週間の行いを正直に打ち明け(正直でないこともある)、××の祈りを何回唱えなさいといわれて、罪を許されている。そのやり取りがおかしい。禁欲的なプロテスタント信者にとっては腹立たしい場面かもしれないが、いい加減なところがあるからジョンは教会に通い続けることができるのだろう。

 カトリック信仰と性の悩みの問題といえば、鈴木隆原作、鈴木清順監督の『けんかえれじい』の主人公が思い出されるところだが、ジョンのほうが暴力的でない代わりに言行があからさまである。暴力行為の原因の一つは人生が思い通りにならないことへの怒りの表出であるが、この主人公の不満は大きくはないけれども(少なくとも彼にとっては)複雑なものである。複雑に思えるのは、問題は彼が自分を変える、あるいは自己実現の方向を変えない限り、解決できそうもないものであるが、人間そう簡単には自分を変えようとは思わないからである。

 ジョンとバーバラの関係がどうなっていくのか、二人は結ばれるのか、あるいは別の結末があるのかといろいろと予想しながら見ていく楽しみがあり、予想が外れてもそれほどがっかりしない。もう少し若い頃ならば自分の恋愛体験に引き付けていろいろと考えるところがあったかもしれないが、年を取ってから見るとストーリーの展開を楽しむ以外に見どころが少ない映画であるというのが正直な感想である。 
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