森茂暁『太平記の群像 南北朝を駆け抜けた人々』(6)

4月9日(水)晴れたり曇ったり

 この書物の本文については紹介を終えたが、巻末に置かれている「付論」はこの書物の性格を概観したもので見落としがたいものなので、取り上げておきたい。

 『太平記』には多くの写本が残されているが、全40巻のうち22巻が欠けているものがこの書物の古い姿を残すものであり、22巻を備えたものは後世の手で改ざんされたものと考えられている。前者に属する写本を古態本、後者に属するものを流布本と呼んでいる。関数は両系統ともに全40巻であるが、古態本には欠巻があり、個々の段には出入りがある。

 このような姿で伝わっている『太平記』は成立当初のものではない。何度も書写を重ねるうちに、増補や書き継ぎが加えられて現在の形になったのである。それではもともとの『太平記』はどのような形だったかを考えてみる必要が生じる。このことを考えるための唯一の同時代史料が今川了俊の『難太平記』である。この書物は九州探題として室町幕府の確立に貢献しただけでなく当代一流の文人でもあった了俊が応永9(1402)年、77歳の時、今川家の沿革と了俊が父範国から聞いた所伝を子孫に伝えようとした教訓の書であるが、そのころ読まれかつ増補が続けられていた『太平記』が今川家について十分に記述していなかったために、そのような問題点について指摘した個所があり、それが当時の『太平記』の姿とその成立の過程を知る上で重要な手掛かりを提供することになるのである。
 
 『難太平記』の記述を分析すると、康永―貞和頃(1340年代)に法勝寺の恵鎮上人がまとめた30巻以上に及ぶ書物を足利直義のもとに持参し、これを玄恵という僧が直義に読み聞かせたが、直義は錯誤が多いと考え、添削作業を行うことを命じた。おそらくは直義の失脚のためにこの作業はいったん中断したが、再開後はその当時の有力者たちの所望を入れて、武勇談などが取り入れられた。こうして『太平記』はかなりの年月をかけてその作者集団を変化させながら書き継がれたと考えられる。こうして『太平記』は足利直義の時代に書き始められ、管領細川頼之の時代に完成した。

 このような時の権力者との関係の中で成立した『太平記』はその時の政治情勢を反映した微妙な揺れはあるものの、その編集の基本的な姿勢に変化はないと考えられる。著者は『太平記』の中の「主上」「先帝」「官軍」「朝敵」などの言葉を拾い出し、その意味内容を調べることを通じて、武家政治がこの書物の序文で述べる天の徳、地の道にかなったものとしてその支配を確立したというのがこの書物の趣意であると論じる。「『太平記』は軍記物語の形態をとりながら、実は、室町幕府政治の成立・展開の必然性を歴史の中から解き明かし、幕府支配を合理化し、かつ正当化するというすぐれて政治的な性格を合わせもっている」(319ページ)とする。

 『太平記』には後醍醐・後村上天皇や、南朝の廷臣たちの活動、「勤王」の武将たちの悲壮な忠義・忠節が、誇張されて劇的に描かれている。戦争の時代に突入する中で、このような箇所だけが全体から切り離される格好で取り出され、日本精神・天皇主義の鼓吹に利用されたのは『太平記』にとっても不幸なことであったと著者は論じる。著者は戦前の『太平記』の読まれ方(とその教育上の取り扱い)について論じているのであるが、その影響は戦後にもかなり強く及んでいたように思う。私なども『太平記』は南朝より、『梅松論』が室町幕府寄りと長い間信じ込んでいたものである。『太平記』は部分的に、『梅松論』は全部を読んでいるというのに、なかなかこの考えが捨てられなかった(なお、『梅松論』を全部読んだというのは、こっちのほうが短いからである)。

 『太平記』はこれまで角川文庫版(この書物の11ページに参考にしたと触れられている)と新潮社版で途中まで読んでいるのだが、改めて全部を読んでみようと思っている(読みやすい角川文庫版が2巻までで中断しているのがまことに残念である。3巻以下を出してほしい)。「平家なり 太平記には月も見ず」(其角)というが、王朝風の「風流」とは違う新しい価値観を作り出そうとする時代の文学として、『太平記』には独自の魅力がある(これは私の好みの問題であって、『平家』のほうがすぐれているという人に対して敵意を持っているわけではない)。そしてその魅力を支えているのが、この『太平記の群像』に描かれた「南北朝を駆け抜けた人々」の個性であったことは確かなのである。
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