新学年に

4月4日(金)雨がいったん上がったが、その後また一時雷を伴って激しく降る。

 4月から新しい学年度に入った。もっともこちらは既に退職しているので、関係のない話である。それに真理の探究に時間の切れ目があってはならないのである。

 初めて就職した学校の物理の先生が京都大学で学ばれた方で、私が教養部で田村松平先生の物理学の授業を受けたという話をしたら、田村先生についての次のような思い出を語られた。大学に入学された当時のことであろうか、理学部で田村先生が相対性理論の講義をされるから聴いた方がいいということで教室に出かけたが、授業の内容がさっぱりわからない。授業が終わった後でやっとわかったことは、先生は昨年の授業が終わらないまま、新しい学年になってもまだ授業を続けているということであったという。

 私は物理学には素人なので、よくわからないが、相対性理論というところがどうも気にかかる。田村先生は私が調べたところでは日本で初めて量子力学の研究を手がけられた方で、その後、後輩である湯川秀樹教授の研究グループの重鎮として活躍された。先生が講義されていたのが本当に相対性理論についてであったのか、あるいは量子力学であったのかについては他の証言を待つべきであろう。

 とはいうものの、田村先生はある時代に京都大学で学んだ者にとっては生きた伝説といえる存在であった。先生が京都大学教養部で文科系の学生相手にどのような授業をされ、どのような評価をされたかについては真継伸彦の『青空』という彼の京大時代の思い出をつづった小説があって、その中に「村田教授」というのが登場するので、その個所を読んでいただきたい。「物理学と天皇制」という試験問題を課したとか、その採点は学生の自己評価に任せたとか、どこからどこまでが本当のことかわからないことが書かれている。教えをうけた学生であった人たちが勝手に伝説を作り上げている部分もありそうである。

 先生につきまとっているさまざまな伝説を新制大学出発時の混乱の一こまとして片づけるのはあまりにも乱暴である。真理の探求には時間の切れ目などあってはならない。講義の内容は計画的に構成すべきではあるが、学問研究の創造的な過程を講義に反映させることに努めるならば、途中で新しいことがわかる場合だってありうる。だから、新しい学年になっても、前年の講義をまだ続けているということはあってもしかるべきである。とはいうものの、こういう場合、学期(学年)末に教務係に提出する成績はどういうことになるのであろうか。

 成績といえば私は高校時代、物理の成績が悪く、それで自分の進路について制約された。文科系の学部に進学するのに、理科系2科目を必要とするという時代に受験生であったのは不運ではあったが、今さらそんなことを蒸し返しても仕方がない。理科系と文科系とを問わず、秀才と鈍才とを問わず、同じ大学に入ってしまえば、同じ先生の授業を受ける機会を平等にもつことになる。それをどのように生かすかが自己責任になるのも怖いことではある。高校時代の物理学の成績が悪かったにもかかわらず、大学の教養科目として物理学を履修したのは、時間割編成の都合もあったかもしれないが、先生の授業がどこか面白かったことも手伝っていたのであろう。なお、田村先生の物理学の評価はたしか60点台であったが、それでも高校時代に赤点ばかりとっていたことを考えれば、よく頑張ったと思うのである。

 大学における新学年は出会いと再発見の機会である。私の場合はそうでもなかったが、高校時代に苦手だったものが大学に入って苦手ではなくなることだってあるかもしれない。そんなことを考えるのである。
 
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