山口雅也『狩場(カリヴァ)最悪の航海記』

3月20日(木)雨

 山口雅也『狩場(カリヴァ)最悪の航海記』(文春文庫)を読み終える。題名を見ればわかるように、スウィフトの『ガリヴァー旅行記』のパスティーシュである。ドラえもんにしばしば登場する「ガリバー・トンネル」は、それをくぐることで、小さくなったり、大きくなったりできる。このことに集約されているように、ガリヴァーの第1編の「小人国」と第2編「大人国」は特に子ども向きの本として好んで読まれてきたが、スウィフトご本人はそんなつもりで書いたわけではない。そしてこの本も子どもに読ませるような本ではない。

 有名な旅行記では第3編に相当する航海の途中、ラピュータ島から不死人間の国ラグナグにわたり、そこの国王の親書を携えてガリヴァーは日本に渡る。ザモスキという小さな港町から彼は江戸へと向かい、将軍と会見する(ここまでは原作の設定を踏まえている)。将軍綱吉は病臥しているが、天然痘で回復は望めそうもない。ガリヴァーを迎えた側用人の狩場蟲斎は、オランダ語どころか英語までも話せるだけでなく、海外渡航の経験もあり、冒険家としてのガリヴァーの名を知っているという。

 狩場はガリヴァーに将軍が求めている不老長寿の秘薬を探しに航海に出かけるといい、経験豊かな彼の同行を求める。その秘薬はモルッカ諸島の近辺の竜臥島という幻の島にあるという。どこにあるのか正確には分からず、海域には霧が立ち込めたり、大あらしが起きたりして地元の人間でもたどりついたものはいないという島である。この島を訪ねる航海は「最悪の航海」となるだろうと狩場はいう。そこへ行き着く前に海賊に襲われることも十分に考えられるのである。ガリヴァーと狩場、よく似た名前の2人が航海に出かける。狩場をKalliverとローマ字表記するのには無理があると思うが、大冒険家ガリヴァーの相棒を務めるのだから多少の無理は致し方ないだろう。

 探検の旅に出かけるためにザモスキに到着した彼らを迎えたオランダ船は、予定していた商船ではなく、なぜか軍艦であった。しかもかなり老朽化した船で、乗組員の挙動もあやしげである。それどころか船医は間に合わせの偽物で、結局ガリヴァーが船医になるというところからはじまって、海賊の襲撃、島への到着、そしてそこで待ち構えていた新たな冒険・・・と『ガリヴァー旅行記』を踏まえながら、ポーの大渦巻きや、ドイルの『失われた世界』など冒険小説や幻想文学の風味を取り入れて奇想天外な物語が展開する。日本の侍が海外で活躍するというのは荒唐無稽に思われるし、綱吉の時代の日本は既に鎖国していたとはいうものの、この小説にもでてくるようにドイツ人のケンぺルはオランダ人に化けて入り込んでいたし、この少しあとの時代になるとシドッチのように密入国を企てる宣教師もいた。それに小説だから多少の脱線はあってよいのである。

 実は私、スウィフトが好きで、彼が(著者の用語によれば)首席司祭を務め、その墓がある聖パトリック大聖堂を2回訪問したことがある(別に威張るつもりはない。3回以上訪問された方がいらっしゃれば、喜んで頭を下げるつもりである)。それで、日本のガリヴァーといわれることもある浮世草紙の和荘兵衛とガリヴァーがであうという小説を書いてみようと思っていたのだが、別の構想で先を越されたかというのが正直な感想である。

 『ガリヴァー』の第3編は、社会批判、特にイングランド王国によるアイルランド支配の批判の要素が強く、ラピュータの学者たちの描写は当時の科学者たちの世界への皮肉が込められているといわれる。ただ、そういうかなりどぎつい批判や風刺について知らなくても、面白く読めるというところにスウィフトの凄味があるのではないかと思う。この小説の毒をできるだけ再現しようとしていることは分かるのだが、その毒を何に向けて発射しようとしているのかが分かりにくいところがある。『ガリヴァー』は語り手である主人公の背後に、その主人公を皮肉な目で見つめている著者の存在が強く感じられる部分がある(ガリヴァーはホイッグ党支持であるが、それがスウィフトと重ならないことはすぐにわかる)が、この小説ではダブリン大学文学部のジョアンナ・ウフィストJohanna Wfistt*という人物によるという注がつけ加えられていて、主人公の語りを相対化する役割を果たしていることに注目すべきであろう。(*変な名前だが、スペリングを注意して見ていただきたい。)

 既に述べたように、『ガリヴァー』とそれ以外の文学の趣向を大きく取り入れたうえで独自の物語を組み立てているので、物語の筋を追っていくだけでも楽しいが、多少の読書歴を持っていれば自分なりに楽しみをつけ足すことができるはずである。物語のなかの主要登場人物の1人である女海賊のキャプテン・ラウラはユートピア建設を夢見ているが、そういう部分をもう少しふくらませて、怪奇色を薄める方が私の趣味にはあう。
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