椎名誠『北への旅 なつかしい風にむかって』

3月17日(月)晴れ

 椎名誠『北への旅 なつかしい風にむかって』(PHP文芸文庫)を読み終える。椎名さんのいう北東北(青森、岩手、秋田)を2006年から2010年のあいだに旅行した際の写真と文章を集めて、2010年に『北への旅』という表題で出版されたものの文庫化であるが、『おとなのための北東北エリアマガジン ラ・クラ』に連載された「北東北 雲ながれ風まかせ旅」の単行本未収録作品7編が加えられ、さらに追加がある。この文庫本の「あとがき」で椎名さんは「北東北の写真旅でいつも感じるのは『日本人はまだいい人がいっぱいいるんだなあ』ということだった」(299ページ)と書き記している。だから、大震災の後に、北東北がどうなったかを知ろうとあらためて宮古市を訪ねた時のことが「文庫版のための3年目の旅『いちばん足を運んだ宮古の今を歩く』」として書きくわえられている。

 写真の特徴は白黒写真にこだわっていること、写真が被写体とのコミュニケーションの手段となっていることが多いことであろうか。その土地の人の生き生きとした表情をとらえた作品が多い。宮古市の浄土浜の祭に遭遇した際の「神輿の横ではいかにもアルバイト然とした巫女さんが並んでおいしそうにお弁当を食べておりました」(92ページ)という文章に添えられた写真など特に生き生きとしている。

「おいしい」といえば、各地で酒を飲み、ラーメンを食べたことが記されているが、同じく宮古のラーメンしかないラーメン店(79ページ)とか、青森県の十三湖のしじみラーメン(256-7ページ)のような単純さを愛する気持ちが嬉しい(当方もどちらかというと単純な料理の方が好きなのである)。常連客が多い飲み屋は(一見の旅の客として)入りづらい(222ページ)というのには同感。

 「観光地ではなくてもひっそり気持ちのいい場所というのが日本中にまだいっぱいあって、多くの場合はその素晴らしさに地元の人がまるで気がついていなかったりすることが多い」(184ページ)と椎名さんはいう。もっとも気づいてしまうと、いやらしい観光事業が展開されることになるだろうから、それはそれでいいはずである。「変わらない田舎を愛する旅人がいるように、変わらない故郷の魅力に気がつく人もこれから増えてくるような気がするのだ」(273ページ)ともいう。その通りにことが運ぶかどうか、これからが正念場であろう。

 混浴温泉や○○「横丁」についての考察もおもしろいが、「ナマハゲ岬にて」という文章の中で、「それにしても巨大で怖い顔をしたナマハゲが、大して悪いコトをしたわけでもない小さい子をああやって無闇に脅かす、というのはあまりにもひどいんじゃないか」(200ページ)と疑問を投げかけておいて、「だいたい最近の世の中は、悪いおじさんばかりではないか」(201ページ)とさらに突っ込む。最後に現地のおばちゃんからわるいのはむしろナマハゲの方らしいという結論を得るという展開に大いに笑うことになった。

 大震災からの復興を期して、「仮設に住んでいる人たちを対象に造られた、やはり仮設の寄り合い商店街、『多ロチャンハウス』」(292ページ)を訪問して、大きな音で流されている演歌の「男と女の情念や恨みの歌詞と、ショッピングセンターとしての色合いがちょっとアンバランスだが、どっこい負けずに立ち直っていくぞ、という気概に満ちていて、なかなか感動的な風景だった」(同上)という観察は椎名さんならでのものである。ここに居酒屋系の店がないのではと心配して、端の方の食堂が夜は居酒屋になることを知り、安心して探訪記を終えている。普通の生活を愛する気持ちが伝わる締めくくり方である。

 「あとがき」で椎名さんは写真に写っている人たちの「いい顔、いい笑顔」(300ページ)がこの本のタカラモノだと書いているが、時々、写真だけでも眺めてその表情を確認したい気持ちに誘われる。椎名さんはさらに新しい東北を探しに出かけると最後に宣言している。新しい旅に期待することにしよう。
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