足立幸代(編著)『気ままに漢詩キブン』

3月8日(土)晴れ

 3月6日、足立幸代(編著)『気ままに漢詩キブン』(ちくまプリマー新書)を読む。『ちくま』3月号でこの書物を紹介している辛酸なめ子さんの「アダルト漢詩入門」という文章が印象に残り、読んでみたのである。「著者のマニアックな知識と、ユルくてかわいいキャラクター、そして超訳的文章が、ど素人の読者を中国数千年のめくるめく文学世界に誘ってくれます」(『ちくま』3月号、12ページ)。書物の帯には「漢詩を女子感覚で現代語訳」とあり、著者が描いたイラストとあわせて、どちらかというと女子向けに書かれた書物ではあろうが、そうでない読者にとっても面白く読めそうである。

 古くは『詩経』、『楚辞』から新しくは高啓までのさまざまな形式の詩(詞を含む)作品が選ばれていて、その中に卓文君、李清照、薛濤、魚玄機と女流の作品が目立つ(特に恋の歌が多い)のが特徴である。『詩経』から選ばれた作品の中にも女子の気持ちを歌ったものが少なくない。教科書に出てくるような有名な詩も多く取り上げられているが、はじめてお目にかかる作品も少なくないのでなかなか新鮮な気分で読むことができる。陶淵明、李白、杜甫、白居易、柳宗元、杜牧、蘇軾の作品は入っているが、韓愈や陸遊は選ばれていない(その代わりに李賀の作品が複数選ばれている)。個人的な好みでいうと元好問が入っていないのがやや不満。寒山詩が入っていないのは著者の好みがまだ枯れていないからであろうか。まあ、自分の好みをぐだぐだ述べても仕方がない・・・。巻末の「詩人名鑑」に記された著者による紹介が面白い。

 1章「恋はいつでもウラハラ」、2章「酒をやめたら寝こんじゃう」、3章「生まれてくれて、ありがとう」、4章「今日も一首、よませてもらおう」、5章「あの月はどこからきたの」という標題にふさわしい詩を集め、それぞれの詩が「原詩・書き下し」「訳詩」「注釈」の3つの部分により紹介され、それにイラストがついている。たとえば蘇軾の「食茘枝」(茘枝を食す)は「こりてねえよ、あいつ」という見出し、「流刑先でのお気楽な詩は政敵のカンにさわった模様 どうなる!?蘇軾先生」という込みだしのもとに、次のように訳されている。
フルーツ天国
ここは常春の南国
珍しい果物でいっぱい
ライチは食べ放題
このまま永住しちゃおうか
「南国満喫の詩。/ただ、状況が凄い。・・・この時は「流罪」でいつ死刑になってもおかしくなかった。なのにこんな詩を詠んだため、「あいつ、懲りてねぇ」ということになり、さらに南へ飛ばされる」という注釈がつく(118‐9ページ)。これでわかるように自由奔放な訳しぶりであるが、その効果が一番現れているのは1章であろう(読んでのお楽しみ)。3章にとられている子どもを歌った詩にも実感がこもる。このなかにも出てくる陶淵明の「子を責む」という詩は、その最後の2行を書きぬいて研究室の壁に貼っていたことがある(うちの子は勉強嫌いで、出来が悪いという詩だが、「うちの子」の意味がこの場合違うのはおわかりだろう)。「天運 苟(いや)しくも此のごとくんば/且(しばら)く杯中の物を進めん」⇒「もうしかたない 酒でも飲まないとやってられん」(107ページ)。陶淵明の研究家である一海知義先生から中国語初級の授業を受けたことはこのブログ上で既に書いたが、先生は学生の勉強ぶりについてどのような感想をおもちだったのだろうかとあらためて思ってしまう。梅尭臣の「祭猫」というネコの死を悼む詩は初めて読んだが、泣ける。

 「千年前の人たちも 飲んで騒いで恋してる!」と帯にはある(『詩経』の詩は千年前どころじゃないだろう!!)。自分たちの思っていることが表現されていたり、思ってもみなかったことが表現されたり、この書物が描き出す世界は豊かである。漢詩と中国の伝統文化に興味をもつこと、あるいは漢詩の自由詩訳に取り組むことなど、この本がきっかけになりそうなことはいくつもありそうで、多くの可能性を感じさせてくれる書物である。
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