トキワ荘の青春

3月7日(金)晴れ、一時雪

 神保町シアターで「素晴らしき伝記映画の世界」特集上映中の1編として上映された市川準監督の『トキワ荘の青春』を見た。上映が終わった後で、この映画いつごろの映画なの?と話している人たちがいた。映画がつくられたのは1995年であるが、描かれた世界は1955年前後である。そしてさらにもっと古い灰田勝彦の歌が多用されていたりして、見るものをノスタルジックな気分に誘う。もっともそれらの仕掛けにノスタルジーを感じることができる人間も限られてきているのかもしれない。この映画が封切られたときに、たしか(今はなくなってしまった)横浜の関内アカデミーという映画館で見たのだが、1995年よりも以前に見たという誤った記憶が残っていたことに気付いた。

 東京都豊島区にあったアパートであるトキワ荘は戦前、『少年倶楽部』の名編集者として活躍した加藤謙一が戦後創設した学童社と発行した雑誌『漫画少年』にかかわった漫画家たちの何人かが住みつき、マンガ家たちの結成した「新漫画党」はその後の少年マンガ週刊誌の時代を支えるマンガ家たちを輩出することになった。それで「マンガ荘」などとも呼ばれて、戦後のマンガの歴史にとって記念碑的な存在となった。というようなことについては、私以上によく知っている人もいるだろうし、まったく知らない人もいるだろう。そういうことで、この映画はそれほど批評しやすい映画ではない。私自身はここに登場するマンガ家のかなりの部分にその初期の作品から接している詩、映画の製作に協力したことがクレジットに記されているスタジオ・ゼロで、登場人物の一人である鈴木伸一さんの実物に会ったこともある。懐かしさは否定できないが、今回は懐かしさとは別のものを感じた。

 戦後の少年マンガに一紀元を画した手塚治虫が住んでいるトキワ荘に、『漫画少年』の投稿家から一本立ちした寺田ヒロオ(博雄)が入居する。映画はこの青年漫画家の周辺の出来事を拾い上げて描いていく。学童社では投稿仲間のつのだじろうに声をかけられる。アパートの暮らしに慣れはじめた頃に、手塚をしたって地方から藤子不二雄の2人組が上京してきて、そのまましばらく寺田の部屋に居続ける(これは歴史的な事実ではなくて、居続けたのは藤子不二雄ⓐ=我孫子素雄だけである)。そして手塚が別のアパートに引っ越した後に藤子が入居し、その後さらに石森章太郎、赤塚不二雄らが入居してアパートはマンガ家たちの巣窟となる。彼らは「新漫画党」を結成して新しいマンガ作りに情熱を傾けるが、それぞれのマンガをめぐる哲学と作品の認められ方には温度差がある。寺田はその一方で劇画家の棚下照生やつげ義春とも交流がある(つげは赤塚とも交流があって、アパートを去り際に、赤塚が「また来いよ」というと、「いや、もう来ない」と答えてそのままになってしまったというエピソードは赤塚が語っていたので、本当にあったことなのであろう)。

 一方で戦前からの児童漫画の流れがあり、他方で手塚治虫によって切り開かれた新しい作風をさらに進めようとする流れがある。少年マンガが巨大なマーケットとなり、TVが普及していくなかで、古き良き子どもの世界によりどころを求めようとする寺田のマンガは支持を失いがちになる。子どもたちの遊びの世界を過剰なギャグによって再現しようとする赤塚不二夫は苦労が実ってやっと成功するが、自分の子ども時代の思い出にしがみつく森安なおやは成功しないまま、姿を消してしまう。売れっ子と売れない漫画家のあいだの心の隙間も仲間内にできるようになっていく。寺田にとっては石森の姉との語らいの時間が心の安らぎになるようであるが、彼女は病気で郷里に帰っていく。(その後、またアパートに戻ってきたことを示すシーンが出てくる。)

 映画はトキワ荘についてのさまざまな証言を利用しながら、それをあらためて並べ替えて、物語を構成し直している。藤子不二雄ⓐの『まんが道』にしたって事実そのものを描いているのではないから、それはそれでいいのである。われわれはこの映画についても本当にあったこととしてではなくて、作り話としてみる方がよいのである。そう思った方が気楽になるほど、物語の雰囲気は暗く、さびしい。寺田の孤独が映画全体を支配しているようにさえ思える。石森の姉がその後病死したことを知っているから余計にこれはフィクションだよ、映画として完結した世界なのだよと思いたくなるのである。

 そして作られてから20年近くがたって、映画でその「青春」を描かれているマンガ家たちの過半数が没しているし、現在のマンガはトキワ荘のグループが描いていたマンガと大きく異なったものになっていることにも思い至る。少年マンガ週刊誌にはマンガに限定されず、青少年の世界を導く総合雑誌的な役割もあることを考えると、トキワ荘のマンガ家たちもまた別の視角から回想されてもよいのかもしれない。
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