エレニの帰郷

2月28日(金)晴れ

 新宿バルト9シアター3でテオ・アンゲロプロス監督作品『エレニの帰郷』を見る。2012年、この映画の制作中にアンゲロプロス監督は交通事故で死去したが、上映された作品を見る限り未完成に終わったという感じはしない。

 ギリシア系のアメリカ人監督がイタリアのチネチッタで中断していた映画製作を再開しようとする。映画は彼の母親であるエレニをめぐる物語であるが、秘密のヴェールに包まれた過去の出来事を知ることの困難さが手伝ってなかなかまとまらないままなのである。監督自身の私生活も妻との離婚や、自分の娘(彼女の名前もエレニである)の問題行動という困難に直面しており、その中で「帰郷」を目指す母親と父親がベルリンに到着したという連絡を受ける。

 映画は現在と過去、大過去が交錯し、舞台もイタリア、ドイツ、アメリカ、カナダ、ロシア、カザフスタンと場所を変える。原題はThe Dust of Time (時の埃)で歴史の中で忘れられたり、意識的に遠ざけられている事件が意味されているようである。まさにこの時の埃が物語をますます分かりにくく混乱させている。エレニとその恋人で音楽家らしいスピロス、エレニと長く行動を共にして彼女を愛しているらしいユダヤ人のヤコブ、それぞれが歴史の片隅で苦労を重ねて生きてきた人物である。それぞれが移動を重ね、その分、自分の原郷がどこにあるのかを見いだしにくくなっている。スターリンの死が当時のソヴィエト社会に与えた影響とか、その後のスターリン批判の衝撃など、人によって受け取り方は違うが、正面からその影響を受けた人間にとっては重大な出来事であっただろう。いったん、イスラエルに向かおうと決心したヤコブはエレニと別れることができずにアメリカに向かうことになる。物語の軸となっている映画監督もシベリアの収容所で生まれたり、ヴェトナム戦争への徴兵を忌避してカナダにのがれたりする人生を送ってきた。そしてその娘の人生も別の波乱が起きそうである。物語の「現在」は1999年12月31日から2000年1月1日にかけてに設定されている。

 孤立感や生活の過酷さを強調するためか、雪が盛んに写される白っぽい画面が多く、それが効果的に思われる。ストーリーが分かりにくい分、映像の迫真性が印象に残っている。ロシアにはまだ旧ソ連時代の遺物が多く残っているのであろうか、ソ連時代の描写は現実的に思われた。加えて東欧風の哀調を帯びた音楽が多用されているのも印象に残った。ミキス・テオドラキスの音楽に彩られたミカエル・カコヤニスの作品が描いていたギリシャとは別のギリシャを感じさせられた。

 エレニというと思いだすのは、ロンドンの大学で同じセミナーに出席しているギリシア人の女子学生の1人の名前がエレニであったことである。当時はイレイニーなどと英語で呼んでいたので気づかなかったが、エレニはギリシア人の女性には多い名前のようである。自分の居場所を見失って死にたいと思っている孫娘のエレニを祖母のエレニが助けようとする。名前に託された命の流れが途切れずにさらに続こうとしている。祖母の20世紀を、孫娘の21世紀がどのように受け継ぐかは映画が終わった後の問題である。

 エレニを演じているイレーヌ・ジャコブは想定されている年齢を考えると美しすぎるという印象が残る。スピロスを演じているミシェル・ピコリが、年相応の老いを見せているので余計に違和感を強く感じるのである。それでも出演者が美しすぎるというのは映画が映画である以上持つべき現実との距離の1つなのだと考えておくことにしよう。
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