ウィルキー・コリンズ『月長石』(26)

2月17日(月)晴れ

 前回(2月5日の第25回)から少し間が空いてしまったが、コリンズの『月長石』を読み進んでいく。1849年の春、英国に戻ってきた青年紳士フランクリン・ブレークは前年の6月に彼の従妹であるレイチェル・ヴェリンダーに誕生祝いとして贈られ、その祝いの夜が明けた際に姿を消していたインド伝来のダイヤモンド<月長石>のゆくえを突き止め、紛失後その態度を変化させて彼に連れないそぶりを見せるようになったレイチェルの愛を取り戻そうと、事件の現場であったヨークシャーを訪れる。そこで彼はヴェリンダー家の執事であるベタレッジから、事件後その前歴のために嫌疑をかけられ、姿を消した(自殺した)下働きの女中のロザンナ・スピアマンが彼にあてた手紙を残していたことを知らされる。その手紙の指示に従って海中を捜索したフランクリンは彼女が彼のペンキのついたナイトガウンを隠していたことを知って愕然とする。事件を捜索していたカッフ部長刑事は、レイチェルの部屋の扉の汚点から月長石をもちだした犯人の衣類にペンキがついているにちがいないと推理していたのである。

 自分が何をしているのかわからないほど驚いたフランクリンは、ベタレッジの勧めに従って彼のナイトガウンとともにロザンナがはこの中に隠していた手紙を読みはじめる。彼女の手紙は、彼への愛の告白から始まっていて、それがまたフランクリンを驚かせる。中村能三の訳では「私は、あなたさまをお慕いしております」(515ページ)となっているが、原文ではI love you.(Penguin Popular Classics, p.313)とごく簡単である。フランクリンにはこれが何のことかわからない(一つは彼がレイチェルだけを思っているからであり、今ひとつは、彼とロザンナの間の身分の違いから2人の間に恋愛感情が生まれることはあり得ないと思っているからでもある)。ロザンナの気持ちに気づいていたベタレッジはフランクリンに手紙を読み進むように言う。

 フランクリンがベタレッジを探して海岸にやって来た時にたまたま彼の姿を見たロザンナは一目で彼に恋い焦がれたと告白する。そして彼の身の回りの世話を特に丁寧にしてきたという。フランクリンがレイチェルに恋していることに気付いたロザンナはレイチェルを憎みさえする。レイチェルがフランクリンの部屋のコップに活けたバラの花を捨てて、自分で摘んだバラの花を活けたりする。「レイチェルさまがきれいなのは、着ていらっしゃる衣装と、あの方の自信たっぷりの気持ちがさせている」(中村訳、519ページ)とロザンナはいう。もちろん、彼女は身分の違いには気づいている。しかし、それでも恋する気持ちは変わらない。

 事件が起きたときに、最初捜索に当たった地元の警察のシーグレイヴは使用人たちを疑い、それで彼らの反発を買う。ロザンナは自分の衣服にペンキがついていないか気にするが、召使のなかで一人だけ彼女と仲がよかったペネロープに大丈夫だといわれる。ペネロープはシーグレイヴの態度に腹を立てていて、事件の当夜12時に彼女がレイチェルの部屋を出た時には扉には汚点がついていなかったことを見ているが、それを証言するつもりはないと言い切る。

 フランクリンの身の回りの品を整えていたロザンナは彼のナイトガウンにペンキがついていることに気づく。彼女はペネロープとの会話を思い出し、「これは、フランクリンさまが昨夜12時から今朝の3時までのあいだに、レイチェルさまのお居間にいらっしゃった証拠だわ!」(524ページ)と思う。そこでロザンナはナイトガウンを隠す手立てを考える。土曜日に、洗濯屋の女が目録を邸にもってくる前に、そっくり同じナイトガウンをもう1着作ろうというのである。犯人はフランクリンであり、彼女はその証拠を隠そうとしている、そのことに2人を結び付けるきっかけがあるのではないかと思うようになる。そして作業の合間にフランクリンにダイヤモンドのことで話しかけようとするが、フランクリンが冷たい態度をとったので謎めいた態度を見せる。2人の近くにベタレッジがやってきたので話は中断するが、ロザンナはフランクリンに自分の気持ちを打ち明ける希望を失わない。

 ところがロザンナが過去に出会ったことがあるカッフが捜査のためにやってきたので事態が一変する。カッフはロザンナと同じく、事件を解く手がかりはペンキのついた衣類にあると推理する。しかし、彼はペンキのついた衣類の持ち主がフランクリンであることには気づかなかった。

 ロザンナの手紙をここまで読んだときに、フランクリンとベタレッジのところに異様な風貌の男がやってくる。彼はヴェリンダー家に出入りしていた医師のキャンディーの助手のエズラ・ジェニングズである。故人になったヴェリンダー夫人は病気の貧乏人たちにポートとシェリーを寄付していたので、レイチェルにもそれを続けてほしいとそれを必要とする人々の名簿をもってやってきたのである。(中村訳ではポートを赤葡萄酒、シェリーを白葡萄酒としているが、これは誤訳である。) ベタレッジはジェニングズを嫌っているようすであり、彼はすぐに立ち去るが、物語のこの後の展開で彼は小さいとはいえない役割を果たすことになる。

 レイチェルの部屋から月長石をもちだしたのがフランクリンであるという可能性は大きくなったが、しかし彼の手もとにこの宝石があるわけではなさそうであるし、ヴェリンダー家の顧問弁護士であるブラッフがいうようにフランクリンには宝石を盗む動機らしいものがない。事件の犯人を邸の使用人のあいだで探すシーグレイヴは紳士の知的なゲームとして成立する「探偵小説」以前の捜査を行っているわけである。確固とした手がかりをもとに捜査を進めようとするが、「紳士」ではないカッフは捜査の過程で階級の壁にぶつかって事件の真相に迫れなかい。紳士であるフランクリンは真相に迫ろうとして、自分自身の嫌疑を晴らさなければならないという立場にあることに気づかされる。使用人たちは、ベタレッジとペネロープの父娘にしても、ロザンナにしても、脇役の立場に置かれているが、彼らなりに事件をしっかり見据えているように描かれている。そのあたりもこの物語の特徴として視野に入れられるべきであろう。
スポンサーサイト

コメントの投稿

管理者にだけ表示を許可する

プロフィール

Author:tangmianlaoren
FC2ブログへようこそ!

最新記事
最新コメント
最新トラックバック
月別アーカイブ
カテゴリ
検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QR