山田英雄『日本書紀の世界』

2月16日(日)晴れ

 2月11日、この書物を読み終える。1979年に教育社から『日本書紀』として刊行されたものの再刊である。著者の言葉を繰り返すまでもなく、『日本書紀』は日本の古代について多くの知識を与えてくれる基礎的な歴史書である。この書物は『書紀』の成立過程の問題点を概観したものであるが、内容についても多少は触れていて、『日本書紀』の性格を知るための貴重な手掛かりを与えてくれる。とはいうものの、この書物が書かれたのが既に30年以上むかしのことであり、その後文献資料の批判と考古学的な研究が進んだ結果として、時代遅れになっている部分がないわけではない。当ブログで詳しく紹介した神野志隆光『古事記とはなにか 天皇の世界の物語』を読んだ後でこの書物を読むと、いっそうその感を深くする。そうはいっても、神野志さんが論じているように『古事記』と『日本書紀』は異質の著作である。それを同一視して、ある主張の裏付けとするような試みは警戒すべきである。同じものを別の角度から見たものと考えるか、まったく異質なものと考えるかはさておいても、記紀を読むことによって我々は日本の古代についての何かを知ることができるかもしれないが、それがどのような価値をもつかは飽くまでわれわれに委ねられている問題である。その前提として、記紀の成立事情についての正確な理解や、内容の解釈が求められる。それは多くの研究とその相互批判を経た蓄積に基づくべきものである。そういう意味で、少し前の時代の常識的な意見がわかる書物として読むのが適切であろう。

 この書物は全体の「概観」に続いて、1「日本書紀の成立」、2「日本書紀編纂上の諸問題」、3「内容(1)」、4「内容(2)」、5「研究史」の各部分から構成されている。「内容(1)」では神代から武烈天皇まで、「内容(2)」では継体天皇から持統天皇までの記事が要約されている。

 まず、『日本書紀』の成立をめぐる事情は不明な部分が多く、多くの論争が重ねられてきたという。書紀以後の五国史には序文・上表文等があって、それぞれの成立・編纂者について知ることができるが、書紀についてはそれがなく、『続日本紀』に完成した時の簡単な記事があるだけでなく、天武天皇時代以後の歴史書編纂についての記事が『紀』『記』のどちらを指しているかが分からないことが問題を複雑にしているという。以下、この書物の複数の執筆者でもっとも重要な役割を演じたのは紀清人であると推測し、歴史的な記述として何を目指すのかが明確にされていないことを問題点として(控えめながら)指摘し、構成と記述の特色を指摘し、分註や史料からの引用について考察を加えている。『書紀』がことさらに漢文で書かれている事情についても論究されているが、この点については異論の余地がありそうである。

 「編纂上の諸問題」では取り上げられている記事がどのような裏付けをもっているのか、またその年代がなぜか詳しく記されていることとその問題点が指摘されている。この書物を読み終えた2月11日が「建国記念の日」とされていることも、『書紀』の記事に基づくものなのであるが、「日本書紀の編纂者は年月日のない記録をいかなる基準で年月日に割り当てたかは明らかでない。この作業は順序不同の材料を時間の順序に配列するのは一種の創作に属する」(76ページ)と奥歯に物が挟まったようなもののいい方ながら、記述の問題点を指摘しているのは注目すべき議論であろう。さらにまた「史料のない人物の影像をいかにして構成したかはいまだに疑問であって出典論の研究も程遠いといわねばならない」(103ページ)とも論じており、『書紀』の性格を考える上で重要な示唆ではないかと思われる。

 「内容(1)」においては、神代巻をめぐり中国の歴史書との比較考察を展開しているのが注目される。神代についての記述を「日本人の思考方法の原初的形態を探る貴重な資料である」(111ページ)と評価していることも見落とすべきではなかろう。「内容(2)」をめぐっては巻17の継体天皇紀から巻19の欽明天皇紀の記述をめぐる文献批判上の問題を詳しく論じているほか、「仏教公伝」、「聖徳太子」、「大化改新」、「壬申の乱」などがどのように記されているかを概観している。この書物が執筆された時点での大まかな理解がどのようなものであったかを知ることができる。

 最後に、『書紀』成立以後の研究史について述べているが、江戸時代の研究、津田左右吉の研究、小島憲之の研究を中心にそれぞれの特色が簡潔にまとめられている。その中で森鴎外の「かのやうに」が、神話と歴史の境界をどのように設定するかの問題を、日本とキリスト教世界との比較を視野に入れて提起していることに触れているのが注目される。書物全体として、『書紀』の入門書という性格が強いが、注意深く読み進むと、『書紀』の内包するさまざまな問題についての好奇心をかきたてるいくつかの示唆を読み取ることができる。 
スポンサーサイト

コメントの投稿

管理者にだけ表示を許可する

プロフィール

tangmianlaoren

Author:tangmianlaoren
FC2ブログへようこそ!

最新記事
最新コメント
最新トラックバック
月別アーカイブ
カテゴリ
検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QR