神野志隆光『古事記とはなにか 天皇の世界の物語』(4)

2月14日(金)雪

 このブログを始めて以来、読者の方々からいただいた拍手の合計が1,000を越えた。ご愛読に感謝するとともに、もっと読み応えのある紙面づくりを目指してさらに努力を続けようと思う次第である。

 神野志隆光『古事記とはなにか 天皇の世界の物語』の第3編は「天皇の物語」と題されている。第1編と第2編は『古事記』上巻の神話的物語を扱ったが、ここでは神武天皇から応神天皇までの中巻と仁徳天皇以後の下巻の内容が考察されている(『古事記』本文はもう少し後まで続くが、この書物が対象としているのは雄略天皇までである)。

 第3編第1章は「大八島国の秩序化と朝鮮半島に及ぶ『天下』」と題されている。ここでは「天皇の世界たる『天下』の成り立ち」(224ページ)が語られている中巻について論じている。それはさらに「大八島国において服従しない人を討ち、平定することを語る、成務天皇までの第1部」(同上)と「新羅・百済を服属させることを語る、仲哀・応神天皇の第2部」(同上)とからなる。神武から成務までの中巻第1部のなかで中心となるのは神武天皇とヤマトタケルであり、第2部の中心となるのは応神天皇である。

 神武天皇の物語はヤマトを中心とする王権の確立を語るものであり、その中で「天つ神御子」の葦原中国領有の正統性が再確認されるとともに、天皇が住まいを定めることによりその正統性を実現する、天皇の世界の定立が果たされたと論じている。著者は天皇の世界を定立するための戦いの物語のなかに歌謡が含まれていることに注意を喚起する。それは平定の戦いの結果そのものではなく、苦しい戦と勝利の喜びがあったことへの共感を求めるものであると論じられている。

 神武は、ヤマトを中心とする天皇の世界、「天下」を確立し、以下の天皇たちがそれを拡充していく。ヤマトタケルの働きによって大八島全体が天皇の世界となる。その働きを語る際に、アマテラスの神意が働いていたと語られていることは見過ごせないと著者は論じる。ヤマトタケルの物語は大八島全体に及ぶ天皇の世界の確定を物語りものであるが、物語自体は悲劇的な英雄タケルの像を強く印象付けるものとなっているとも論じている(著者の関心が歴史ではなく、文学にあることを示す指摘でもある)。

 大八島を天皇の世界として確定した後に、さらに朝鮮を「天下」のなかに含むことを語るのが中巻第2部であり、この部分は応神天皇の物語と見るべきであると著者は説く。朝鮮が「天下」に含まれることと関連して、『古事記』は『日本書紀』と違って中国に触れていないことが注目される。「何時にもわたる遣隋使や遣唐使、また朝鮮半島における唐との戦いと敗北・・・を、『日本書紀』は記すのだが、『古事記』はそれを回避して、「天下」の歴史としての統一性・完結性をたもとうとするのである」(261ページ)。

 第2章「めでたく満ち足りた『天下』」は『古事記』下巻について取り上げている。ここには皇位継承をめぐる戦いの記述はあるが、平定記事は含まれない。中心となるのは仁徳・雄略両天皇であり、量的に見てもこの2帝の記事は下巻全体の4割強に及ぶという。「仁徳記」は「色好み」の聖帝としての仁徳を描き、その大部分が歌謡物語である。応神までに実現し終えた「天下」が、めでたく充足をもって保たれ、継承されていることがしるされているという。

 仁徳と並んで、活力あふれた、充足の御世をあらしめた大王が雄略である。その抜きんでた苛烈さ、荒々しさを『古事記』は強調している。と同時に、雄略にかかわる歌謡物語が充足の「天下」をもたらした偉大な天皇の姿を示していると論じている。(浦島太郎の話をはじめとして、雄略の時代が「説話」に満ちていることに注目する論者もいることを思い出す。)

 第3章「悲劇の主人公たち」は正統性に対する反逆者たちを描いた部分を取り上げている。敗れ去った反逆者たちに共感と同情を寄せながら描いているところに『古事記』の文学としての特色を見出し、その中での物語と歌との関係について考察を加えている。

 「天皇の世界の物語」として『古事記』をとらえるという著者の主張に沿って書物は一貫した体裁を備えていると思われるが、その一方でヤマトタケルや、最後の「悲劇の主人公たち」に見られる悲劇的な性格への関心が書物にまた別の色合いを与えているように思われる。『古事記』における歌謡の役割の重視など、この書物が歴史ではなく、文学の側からの取り組みであることを示すものであろう。「色好み」を徳として捉える点など、これまで気づかなかった指摘も多く、読み応えのある書物であった。
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