白洲正子『ものを創る』

2月7日(木)曇り

 白洲正子『ものを創る』(新潮文庫、2013)を読む。1973(昭和48)年に読売新聞社から単行本として発行され田書物であるが、2001(平成13)年に新潮社から刊行された『白洲正子全集 第5巻』をもとに文庫化されたもので、著者の娘である牧山桂子さんが「文庫刊行によせて」という文章を巻末に書きくわえているのが書物を理解する上で貴重な手掛かりとなる。

 <ものを創る>という。「創る」という文字が使われているのは大量生産による日常品づくりよりも、手作りの創造的な作業が念頭に置かれているのであろう。実際、「人と芸術」という章に北大路魯山人、浜田庄司、井上八千代、梅若實、吾妻徳穂、笹部新太郎、梅原龍三郎、「人ともの」に広田熙、青山二郎、細川護立、安田靫彦、鳥海青児、「人と作品」に黒田辰秋が著者自身による交流の体験を軸にして語られている。「ものを創る」というだけでなく、舞踊や演技、美術や工芸品の収集も視野に入れられている。その中には当時も今も有名な人々、当時は有名だったが今は忘れられかけている人、そして当時も今も有名でない人々が見出される。当時は無名であって現在評価が高くなっている人が見かけられないように思うのは、私だけのことであろうか。

 しかし、その人間像が詳しく、また親しみをこめて描かれているのは大阪の古い名家に生まれながら家財を蕩尽して桜の在来品種の保存に努めた笹部新太郎とか、京都育ちの木工作家で柳宗悦の民芸運動に参加した1人である黒田辰秋などあまり有名とはいえない人々である。笹部はいう:「版に上(のぼ)すことを・・・日本の国学者は、『桜木に上す』という。版木に桜の材を使ったからです。その他、双六の盤、鼓の胴、いい表具屋の定規は、みんな桜です」(75ページ)。もちろん、有名人の逸話がつまらないというわけではない。京舞の井上八千代が踊りを教えるやり方の描写などびっくりさせられる。直接に接触したことのある人間だけが知りうる具体的な事柄がふんだんに盛り込まれているのがこの書物の特色である。

 芸術は芸術自体のためのものか、それとも生活のためのものかという論争がある。生活のための芸術ではなくて、生活の芸術化こそが目指すべきものだという考えもある。生活のための芸術という場合に、生活の中身も問題にする必要がある。富豪の生活も生活であり、労働者の生活も生活である。その意味では白洲正子の立場は微妙なものであるといわざるを得ない。牧山さんによると母である「正子の口癖は、器は高価なものでも使わなければ意味がないというものでしたが、本音は少々違い、食器などは自分で洗ったりしないせいか、自分の大事にしている器を頻繁に食卓にのせることはありませんでした」(242ページ)ということである。それでも多くの作家のもとに足を運び、その業績を知らせ、伝えようとした白洲の努力には敬意を払う必要があるだろう。

 とはいうものの、読み終えてみると黒田辰秋の次の言葉が一番印象に残る:「古来、本当にいいものは、創作の上に立っている。それも自分だけではなく、周囲の条件がそれをなさしめた。個人の力なんて知れたものです」(208ページ)。
スポンサーサイト

コメントの投稿

管理者にだけ表示を許可する

プロフィール

Author:tangmianlaoren
FC2ブログへようこそ!

最新記事
最新コメント
最新トラックバック
月別アーカイブ
カテゴリ
検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QR