加島祥造『わたしが人生について語るなら』

1月26日(日)晴れ

 1月25日、加島祥造『わたしが人生について語るなら』(ポプラ新書)を読み終える。

 加島さんはかなり多くの顔をもつ人物である。昨日の当ブログでちょっとほのめかしたように、『英語の辞書の話』(講談社学術文庫)などの著書のある英語の先生であり、戦後の詩の歴史に大きな足跡を残した『荒地』の同人の1人であり、アガサ・クリスティーの『ひらいたトランプ』や『ナイルに死す』の翻訳者であり、最近は伊那谷に住んでタオという形に読み変えた老荘思想についての著作を発表している現代の隠者でもある。などと書いたのは、私が知る限りでの著者についての知識であり、知らないことはそれ以上に多いはずである。

 もともと中学生くらいの年代の読者を想定して書かれた書物であるが、反抗期真っ盛りの読者が著者のメッセージをどのように受け止めるかやや不安になるところがある。著者が読者と同じくらいの年代の頃、好き勝手をして暮らしてきた、きみたちも好きなことを追求していいんだよと言い聞かせても、読者がその通りに中学時代を過ごしていくかは分からない。おそらくは読者の反抗も織り込んでこの書物は書かれている。

 第1章「十代の私が今の私は助ける」では「思いきり遊んだ少年時代」、「偶然に導かれて英文学の道へ」と自分の過去を振り返りながら、「面白そうなことを嗅ぎ分ける」ことの重要性について説いている。「体で覚えたことが一生の役に立つ」というのが十代の冒険の中から得た教訓のようである。加島さんはあまり具体的なことを書いていないが、府立第三商業学校時代の友人の一人が田村隆一で、彼に誘われて詩の同人雑誌に参加している。いまどきの中学生は田村隆一なんて名前は知らないし、学校でも教わらないから、このことは省かれている。田村や彼の仲間を通じて広がった学校を超えた人間関係が加島さんに大きな影響をもったことは確かであるが、そのことについてはあまり触れられていない。あるいはそれほど強調すべきことではないと思ったのかもしれない。

 以下、第2章では「好きなことが生きるエネルギーを生む」と説かれ、第3章では「命を通して人間を見る」ことが勧められる。「自分のなかの良いものを味わう」、「やさしく柔らかいものほど強い」などは加島さんらしい主張である。さらに第4章では「うまく生きなくていい」と、読者にとってさらにやさしい指針が示され、「ダメな子ほど可能性を持っている」、「心の奥にあるものが人を動かす」と励ましと示唆とが繰り返される。さらに最終章では「自分を大切にして生きる」ことの重要性が強調され、「変化を受け入れる」ことが進められている他に、「大切なことはバランス」であるという人生の知恵が語られている。

 以上のように簡単にまとめたことから、多くの人生訓を読み取ることができるが、加島さんを人生の達人だなどと言ったら、本人が嫌がるだろう。しかし不器用なりに好きなことをこつこつやっていけば道は開けるということがだれにでも当てはまるとはいえそうもない(しかし、好きなことを一生懸命にやるのは、特段の事情がない限り推奨すべき事柄ではある)。

 好きなことを一生懸命にやれば道は開けるという著者の考えを力説してきたが、著者自身のこのようなことばも見落とすべきであろう:「今のおとなは、子どもに、「自分の好きなものを見つけなさい」とさかんに言う。でも、私にとっては、好きなものというのは、見つけるものではない。それは自然に自分の中から湧いてくるものであり、その湧いてきた力が自然と何かを探し出す」(92ページ)。これは分かりやすく、大いに賛成したい主張であるが、子どもを取り巻く現在の環境がそのような自然の成り行きを認めるだけの余裕に満ちているかどうかは疑問のところがある。

 だから若者向けの本としての意義は未知数であるが、年をとった人間が人生を考え直そうとするときに、読んでみて示唆と激励を受け取ることのできる書物であると思う。あるいはこの書物を読んだ若者が、人生経験を重ねて読み直し、その内容について自分の言葉で孫たち(の世代)に語るのにはふさわしい本であろう。「自分の言葉で」語る努力は、たぶん後継世代にも引き継がれる。冒頭で著者にはさまざまな顔があると書いたが、著者自身が「私は、この歳になってもまだ、自分の知らなかった自分に出会うことがあるんだよ」(140ページ)と記している。そういう発見が著者にも読者にも(私自身にも)まだまだ続くことを願うことにしよう。
スポンサーサイト

コメントの投稿

管理者にだけ表示を許可する

プロフィール

Author:tangmianlaoren
FC2ブログへようこそ!

最新記事
最新コメント
最新トラックバック
月別アーカイブ
カテゴリ
検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QR